インタプリタかなくぎ流

“Might come in handy one day.”

一般向け医療本に登場する扇情的なイメージについて

私は十代の頃から「アトピー」に悩まされてきました。幸い症状はそれほど重くなく、現在では外見的にはほとんどアトピー性皮膚炎を発症しているようには見えませんが、それでもときどき痒みや皮膚の炎症がひどくなることがあって、この状態が雲散霧消したらどんなに爽快だろうなあ、と夢想することがあります。

アトピー、もっと広くアレルギーの原因は、基本的には食べ物の中に含まれる「アレルゲン」だとされているので、若い頃から食事にはとても気を使ってきました。基本的に外食をあまりせず、三食を自分で作って食べていますし、間食はほとんどしません。ジャンクフードの類いも食べませんし、マクドナルドに代表されるファストフード店も、記憶にある限りここ十数年は利用したことがありません。

それでも症状は軽いとはいえ「完治」にはほど遠いので、食事に気を使う一方で様々な生活習慣の見直しも実行してきました。最近では長年どうしても諦めきれなかった「節酒」ができるようになりました。以前は毎日晩酌をしないと一日が終わらなかったのですが、今では数週間まったくお酒を飲まないこともあります。

もっとも、間食をしないのは歳を取って食事の量的にもできなくなったからですし、ジャンクフードを食べないのは歳を取ってその味や油の濃さを身体が受けつけなくなったから、お酒を飲まないというのも歳を取って飲めなくなったからというのが正直なところです。なんだ、結局加齢によって暴飲暴食ができなくなり、その結果アレルゲンの総量が減ってアトピーも多少はなりを潜めたということなんですかね。なんだか悲哀を感じますが。

アトピーにまつわる食事や生活習慣の見直しについては、これまでに無数の書籍も読んできました。試しにAmazonで「アトピー」というキーワードで検索すると、こんなにもたくさんの本が並びます。

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しかしこうした「アトピー関連本」は、それぞれの著者がそれぞれの論を展開しており、それらが相互にまったく逆のことを主張していたり、日常生活では実行不可能に近いほど細かな指示がなされていたりします。その一方で、これが決定版で究極かつ最良の方法だ! と謳われていて、本の中から光が差すような、読んでいて妙な高揚感をもたらすようなものも多いです。「グレートリセット」にも似た一種の爽快感があるんですね。

これは「めいろま」こと谷本真由美氏がおっしゃるところの「キャリアポルノ」、つまり読んでいるだけで何か世界の真理をつかんだかのような「明日からの俺ってスゴい」感を煽ってもらえる(でも実際の行動にはなかなか繋がらない)自己啓発本の読書感と似ています。それでも、頑固な症状に身も心も疲れ果てて、そこに光明を見いだす気持ちは私も痛いほど分かります。これはひとりアトピーに留まらず、全ての疾患に関する医療本・健康関連本に共通するのかもしれません。

しかし私はこうした書籍に数限りなく接してきたおかげで(?)、以前よりはもう少し冷静に、自分の高揚感を抑えつつ読むことができるようになりました。要するに「いいところだけ頂戴」し、眉につばをつけて読むのを忘れないということです。イヤな読者ですね。今回も、上記のAmazonで「アマゾンのお勧め商品」トップになっているこの本を買って読んでみました。

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油を断てばアトピーはここまで治る―どんなに重い症状でも家庭で簡単に治せる!

この本は長年の臨床研究の成果から、アトピーの主原因が「植物油」や高カロリー食品の摂りすぎであるとして、それらを抑えつつ家庭で治療を行う方法が記されています。全年代を対象にしていますが、特に小さな「アトピっ子」をお持ちの親御さん向けに書かれているという印象です。全体的には高カロリーで脂質の多い洋風の食事から伝統的な和食へのシフトを促すもので、その点では常識的で首肯できる部分も多く、個人的にもこれまでの経験から植物油やバターなどを多く摂取するとアトピーが悪化するという実感があったので、興味を持って読みました。

しかし例えば「キッチンの換気扇のような『油汚れ』が体の中にも」と題された章には、こんな記述があります。

あなたのキッチンの換気扇には、油汚れがべっとりついていませんか?
油を使った料理を多くする家庭の換気扇ほど油汚れがしみついています。このような油汚れが体の中の細い血管や内臓に沈着していく様子を想像してみてください。つまり換気扇が油べっとりならば、体の中にも同じように油がべっとりと溜まるのです。それだけでも、体に悪いということは容易に分かると思います。
(24ページ、太字は原著のまま)

これはどうでしょう。例えば脂肪の多い食事から脂質異常を起こし、血管壁の中にコレステロールがたまるような状態を比喩していると受け取ってもよいのですが、換気扇の油汚れと体内に取り込まれた脂質を一緒くたにするのは、消化や吸収のメカニズムからいってもかなり非科学的ではないかと思います。この本には他にも「『1週間に2個以上の卵』は、消化しきれずにヘドロになる」というようなやや突飛な表現が散見され、一般向けの医療本だからわかりやすい比喩を用いたのかもしれませんが、一歩引いて受け取らざるを得ません。

私は、こうした俗耳に入りやすい扇情的な表現にはどうしても一定の留保をつけてしまいます。尾籠なお話で恐縮ですが、以前「宿便」という言葉がもてはやされたことがありました(今でも一部で使われているかな?)。「排出されないで大腸や直腸内に長い間たまっている大便」で、とりわけ腸壁にこびりついて長年滞留し、それが各種疾患の原因になっており、断食療法などでそれを排出することができるとされていました。実際に断食療法をすると、数日で明らかに異様な便が排出される、これが宿便だ……というような。

私も一時期はこのイメージに「ハマって」、断食道場に通おうかしらなどと考えたこともあります。でもこれ、一般的に「便秘」と呼ばれている状態はさておき、腸壁にこびりつくといったイメージの便は存在しないらしいんですね。腸壁は不断に活動し、粘液の分泌や消化吸収を行っているからで、医学的にはほぼ否定されているようです。

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私は一度大腸の内視鏡検査を行ったことがあるのですが、その時に見た映像は衝撃的でした。なぜって、私の大腸の内壁は、まるで赤ちゃんの肌のようにツヤツヤでツルツルだったからです。腸と、例えば下水管などのパイプを一緒くたに考えることはできないのです。それは分かりやすくはあるけれど、非科学的です。扇情的なイメージで空想することの愚かさを知りました。

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https://www.irasutoya.com/2016/02/blog-post_89.html

もともとこうした一般向け医療本のマーケット自体が扇情的なのだともいえるかもしれません。だからこそ類書がこんなに多数出版され、商売として成り立っているわけです。でも私は、疾患に悩む人たちを手玉に取るような表現はするべきではないと思っています。結局はひとりひとりが、こうした情報に右往左往することなく、地道に食生活や生活習慣の改善を行っていくしかないんでしょうね。