インタプリタかなくぎ流

“Might come in handy one day.”

安易に飛びつきやすい雑駁な切り口

先日、中国四川省成都で開催されたサッカーの国際ユース大会「パンダ・カップ2019」。優勝したU-18韓国代表選手の、地面に置かれた優勝トロフィーに片足を乗せて高笑いする写真が拡散して大炎上、という「事件」がありました。

www.asahi.com

韓国チーム側は全面的に謝罪したものの、中国の大会組織委員会は優勝トロフィーの回収を決定、さらには中国サッカー協会アジアサッカー連盟に上訴を決定したと伝えられるなど、その余波はまだ続いています。

ところで、私が最初にこのニュースに接した時、そのあまりに非礼な行為に「これはいくら何でも……」と思い、その後すぐになぜこんな行為をしてしまうのかという「理由探し」に移りました。常軌を逸した行動を目の当たりにしたとき、人はその自分の耳や目を疑うような行為に対して何か合理的な理由を探したがります。そうやって自分のモヤモヤした不安定な心を落ち着かせようとするのかもしれません。

この「トロフィー踏みつけ」が単なる若気の至りなのか、韓国の若者に社会的モラルの欠如みたいな傾向があるのか、はたまたスポーツ選手に特有の現象なのか、中国と韓国の二国間関係とそれに絡む国民感情が影響しているのか……色々と考える切り口はあると思うのですが、こういうときに一番安易に飛びつきやすい理由のひとつが「韓国人の民度」とか「韓国人の国民性」みたいな雑駁な切り口です。

案の定、事件直後のTwitterではこのニュースに続くリプライやリツイートのほとんどがそうしたヘイトスピーチで埋め尽くされていました。さらには「だから韓国とは断交だ」みたいな、接続詞「だから」を論理の極端な飛躍に用いるツイートも散見されました。世の中には個別具体的な一つ一つの事例や個人的な感慨をすぐに国家大や地球大に拡大・膨張させて語っちゃう輩が数多く存在しますが、今回も同じような人々があまた出現していました。

マスコミの報道も、事件のあらましと中国側の激怒、韓国側の謝罪、国際社会の反応などを簡潔に記したものばかりで、様々な切り口から分析しているものはほとんど見当たりませんでした。経緯だけを簡潔に記すのはニュースの初動としてはよいと思うのですが、その後に多様な分析がなされなければ結局「韓国はとんでもない」といったイメージやニュアンスだけが残り、それは既に存在するヘイトスピーチをさらに補強するだけなのではないかと危惧していたのです。

ニュースの初動で唯一違う切り口を提供していたのは、「ウーマンラッシュアワー」の村本大輔氏がTwitterに書き込んだ「『だから韓国は』ってすぐに韓国批判にすり替えるやついるけどただの無自覚で調子に乗っちゃった子供の話。自分のイデオロギーに、その国の子供の失敗を利用しちゃダメよ」という警句だけでした。私もこうしたすり替えには注意しなければならないと思って、大いに共感しました。

headlines.yahoo.co.jp

この事件に関しては、数日後に韓国のメディアが「トロフィー踏みつけ」は侮辱というよりは大会を制覇したという気持ちの表れではないかといった趣旨の報道をしています(同僚の韓国人講師に教えていただきました)。日本のメディアでも紹介され始めています。

bit.ly
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なるほど、こうしてみるとトロフィーを足蹴にする行為はある種の「偽悪的なかっこよさ」を演出するパフォーマンスにも見えてきます。私自身は、それでもかなり下品な行為だと思いますけど、そういう下品な行為がカッコいい、悪ぶってみせるのがカッコいいという一種のノリは確かにありますよね。ネットの動画サイトで炎上した例えば「おでんつんつん」や「コンビニの冷蔵庫に寝そべるアルバイト」などに代表されるイタい行為と通底するものがあるというか。

ひょっとすると韓国ユースの選手たちは、こうした海外のサッカー選手がトロフィーに足をかけた写真を見たことがあって、そこにある種のカッコよさを見いだして真似してみたのかもしれません。それが国際大会の、衆人環視の中での表彰式においてふさわしいかどうかにまでは思いが至らなかったのはまさに若気の至りですが、多くのメディアが報じていたような政治的・歴史的な、あるいは民族感情的な背景「すらなかった」というのがホントのところではないかと思いました。

いずれにしても、我々はこの件に関しては第三者なのですから「それ見たことか」みたいな反応だけに留まるのではなく、様々な切り口を考えてみることが大切だと感じました。

私が最初にこのニュースに接した時の「これはいくら何でも……」という感慨は、正直に言って頭に血が上るような奇妙な「高揚感(?)」とともにありました。そんなときに例えばTwitterなどで扇情的な意見ばかりに接していると、そこから「韓国人の民度」とか「韓国人の国民性」への飛躍ないしは膨張、あるいは「断交だ!」みたいなバカな発言(だって実際に断交したら、経済的な混乱は計り知れず、自分の暮らしも大打撃を被ります。そんなことにすら想像が及ばないのですからバカとしか言いようがありません)まではほんの数歩の距離です。

1937年の盧溝橋事件(七七事変)に端を発する日中戦争は、その後近衛文麿首相の「支那軍の暴戻を膺懲し以て南京政府の反省を促す為今や断乎たる措置をとるの已むなきに至れり」という声明によって泥沼の状態、さらには太平洋戦争へと繋がっていきました。村本大輔氏がおっしゃるように、自分のイデオロギー、それも短絡短見の雑駁な感情論を一気に膨張させるものいいに慣れきっていると、「暴戻(乱暴で道理がないこと)を膺懲(懲らしめる)」的な煽動にもすぐに乗ってしまうのではないか。そう自分を戒めた次第です。