インタプリタかなくぎ流

“Might come in handy one day.”

「舞」と「筋トレ」の共通点

先日ジムで体幹レーニングをしていたら、トレーナーさんに「ずいぶん体幹がしっかりしてきましたね」と言われました。例えば「ダイアゴナル」と呼ばれる片方互い違いの手足(例えば右手と左足)をそれぞれ伸ばしたり縮めたりする動きなど、確かに以前はかなりフラフラしてまともにできなかったのです。

この体幹レーニングは週に二〜三回ずつ一年半ほど続けてきましたが、長年レントゲン撮影のたびに指摘されていた「脊椎側弯症」が前回の健康診断では「所見なし」になるなど、大きな効果がありました。さらにこれも長年悩まされてきた腰痛の軽減にも効果を発揮しているのではないかと思っています。

ところでジムでは、とにかく下腹(丹田)に力を入れて締めると同時に肩の力を抜くよう繰り返し指導されるのですが、この指導が能の仕舞や舞囃子のお稽古の時に言われることと全く同じなのが面白いと思います。

不定愁訴や腰痛の改善を目指して通い始めたジムで最初に指導されたのは「まっすぐに立つこと」でした。骨盤の上に脊椎が無理なくストンと乗っている状態を作って、腰によけいな力をかけないためですが、このときトレーナーさんからは頭のてっぺんに糸がついていて、天井から糸でつるされたように背筋を伸ばして立つように言われました。前にかがまず、かといって鳩のように胸を突き出さず……実はこれ、能の稽古で最初に言われたことと全く同じでした。

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またジムでバランスボールに座り、両手を真横に伸ばして水平に回転させる運動をするときには、手や腕を回そうとするのではなく、身体の中心に棒のような芯が通っていて、それを中心に身体全体がねじれるようなイメージをすること、手や腕は身体がねじれた結果それについて回っているのだと意識するように言われましたが、これも能の稽古で言われることと全く同じなのです。

能の舞の「型」には、回転するものや手足を大きく動かすものがいろいろとあります。例えば仕舞などで要になる大切な型のひとつに「上羽(あげは)」というものがあって、これは身体の正面で扇を上から下におろし、またそれを頭の上まで持ち上げて、そののち身体の右側で大きく弧を描くように下ろして基本の型に戻るというものなのですが、前日もこの型のところでお師匠から、手だけで、腕だけでやろうとせず、丹田に力が集まっていることを意識しながら、あるいは丹田から力が発して腕や手が動いているように意識しながらやるように言われました。

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さらに一足(一歩)前に出ながらくるっと一回転して最後に手にした扇を突き出すような型もあるのですが、この時もお師匠からは手や腕で回ろうとせず、腹と腰を中心にした身体全体が回り、手や腕はその結果として回転し前に突き出されることを意識するように、つまりは常に丹田に力がこもっていることを意識するように繰り返し言われるのです。こうしたことの一つ一つが、体幹レーニングや、果てはベンチプレスのようなハードな筋トレで指摘されることととても似通っているのです。

でも考えて見れば、能の舞の型は武術や武道と深い関係があり、それは当然のことながら無理のない動きや合理的な身体の使い方、さらには美しい動きを追求してきた結果が「型」として現代にまで残されているものです。体幹レーニングや筋トレなどで指導される動きも、アスリートが無理なく効果的に力を発揮できるよう、あるいは身体の故障をできるだけ避けるように考えられているわけで、むしろ共通するのが当たり前と言えるのかもしれません。

私が通っているジムには時々プロの野球選手やサッカー選手などが来ていて、例えばピッチングフォームやバッティングフォームなどを何度も調整している光景が見られるのですが、あるときとあるプロ選手が投げる様子を見ていて思わず「流れるように美しいですね。なんかこう、少しも無駄がないというか」と言ったら、トレーナーさんが「その通りです。一流のプロほどそうなんです」とおっしゃっていました。

なるほど、能もスポーツも、無理のない合理的な身体の使い方を追求していった結果、その動きが素人目にも「美しい」と思えるほどに洗練されていくものなんでしょうか。