インタプリタかなくぎ流

“Might come in handy one day.”

「めっちゃ、ヤバいっす」をめぐって

日頃から、いわゆる「日本語の乱れ」についてはできるだけ寛容でありたいと思っています。私は日本語母語話者ですが、言葉は世につれ人につれ常に変化していくものですから、私の「よし」とする日本語だけが正しいとはとても言えないからです。これはまた、話者が非常に多くて地域差もかなり大きい中国語(の標準語とされる北京語・普通話)を学んで培われたスタンスでもあります。

中国語においても「これが標準!」という主張は、特に学校の現場ではひとりひとりの中国語(母語話者)の先生がお持ちですが、それらは往々にして視野の狭いご意見であることが多く、私はどちらかというとそこには冷ややかな視線を向けてきました(学恩がありながら申し訳ない)。これもやはり言葉は生き物で常に変化していくものだと思うからです。

以前ネットで「日本語の乱れ」について、「けしからん!」と憤慨するのが日本語学者で「おもしろい!」と興奮するのが言語学者……というようなもの言いを目にしました。なるほど、そういう意味では私は言語学者のような立場でありたいのかもしれません。

……ところが。

以前の話ですが学校に、二十歳代の若い先生が赴任してこられました。この方は日本語母語ですが外語も流暢で、主に留学生の通訳や翻訳の授業担当として公募で採用された方です。私はその面接などには関与していなかったので、赴任初日に初めてお目にかかったのですが、その話し方に度肝を抜かれました。

「めっちゃ、ヤバいっす」

私はこの時、自分の身がこわばるのを感じました。そしてその日は、その「めっちゃ、ヤバいっす」をめぐって、終日自分の感情を反芻することになったのです。以下、反芻を再現してみます。

①日本語を学んでいる留学生に相対する教師、それも通訳や翻訳という言葉のプロを養成する教師が、授業ではなく教員室でのおしゃべりとはいえ「めっちゃ、ヤバいっす」を使えるものだろうか。


②いやいや、言葉は常に移り変わっていくものであり、自分とは一回りも二回りも歳の違う若い世代の「めっちゃ、ヤバいっす」もまた、その変化の萌芽として受け入れればよいのではないか。


③だいたい「その日本語はなんだ、なっとらん!」などと言うこと自体(実際にご本人には言っていませんが)、自分が常日頃から嫌悪している年寄りの価値観の強要ではないか。言葉は人格であり、そこに注文をつけるのは一種のパワハラかもしれない。


④いやいや、そこはそれ、その若い先生も教員室での雑談だったからフランクな態度で接してこられたのに相違ない。授業は授業で、もう少しフォーマルな言い方もなさるはず。曲がりなりにも公募で何度かの面接も経て採用された方なのだから。実際、私以外にその場に居合わせた同僚からは「若いね〜、世代の違いだね〜」という感想だけで、「なっとらん!」「けしからん!」的な意見は出なかった。


⑤しかし、これが企業であったらどうか。新入社員が一回りも二回りも歳の違う上司に向かって(うちの学校には職階はありませんが)「めっちゃ、ヤバいっす」とのたまえば、まず確実に指導が入るはず。


⑥いやいや、だから、学校は会社組織とはまた違うわけで。英語や中国語でも敬語的な表現はあるけれど、そのいっぽうで上司だろうが同僚だろうが互いに「Hi!」的なフランクさだ。学校だから、先生だから「めっちゃ、ヤバいっす」を白眼視するのはいかがなものか。


⑦普段から「絶対に正しい中国語などない。発話者の発した言葉は、それがどんなものであれ訳す義務を負う。そういうプロ意識を持とう」と華人留学生諸君に言っているではないか。それに常日頃「けしからん!」の日本語学者ではなく「おもしろい!」の言語学者的立場でありたいと思っているのではないか。自分だって「〜じゃん」とか「超〜」あたりはすでに身体に馴染んで自分でも使うことがある。であれば「めっちゃ、ヤバいっす」についても特段めっちゃヤバいと思う必要はないのかもしれない。

……いやはや、こんなにも思考が行ったり来たり(たいした思考ではないですが)するとは思いもよらないことでした。私自身はこの、元々大阪弁発祥で、お笑い芸人さんのメディア露出によって広まった「めっちゃ」という言葉はいまだに使えないし、これから使う気もないし、テレビで俳優さんやタレントさんが使っているのを聞くと「イラッ……」とするような人間のですが、みなさまはどう思われるでしょうか。特に語学の先生が、雑談とはいえ「めっちゃ、ヤバいっす」を、それも故意にとか冗談でなどという意図ではなく、ごくごく自然に使うことについて。

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https://www.irasutoya.com/2016/09/blog-post_317.html