インタプリタかなくぎ流

“Might come in handy one day.”

留学生の通訳教材に頭を悩ませる

新学期が始まるこの時期。今年も外国人留学生の通訳クラス(私の場合は華人留学生の「中日通訳」)を担当することになるのですが、毎回教材の準備に頭を悩ませています。

ある程度訓練が進んだ生徒なら、ネットに数多ある動画から講演やセミナーや説明会などの映像を選んで教材にすることができるのですが、こうした“實況錄音”は話者の癖がそのまま反映されていて初級段階の生徒には少々難しいので、「吹き込み教材」と呼ばれる市販の通訳教材を使うことになります。

ところがこれらの教材、内容が少々古くてどうにもリアリティに欠けるのです。日本語母語話者が中国語の訓練として使うなら、内容が古かろうが実際にはあり得ない光景だろうが、どんなものでも中国語には変わりはないのでそれなりに勉強になるし「つべこべ言わずに訓練しましょう」とも言えるのですが、華人留学生は中国語の母語話者なので、ちょっとでも「非現実感」があると、とたんに訓練へのモチベーションが下がってしまうみたいなんですね。

まあその気持ちも分からなくはありません。私だって、例えば「日中通訳」の教材に、公衆電話に十円玉を入れながら長距離電話をしている場面などが出てきたら「いったいいつの時代の話ですか」と白けてしまって、著しくやる気を削がれるような気がします。

かてて加えて、日本で出版されている中国語の教材は、そのほとんどが「大陸一辺倒」なかんずく「北京一辺倒」です。中国語はその話者の多さからもなかなかにグローバルな、というか地域差が大きい言語で、標準語である北京語系統の“普通話”にも様々なバリエーションがあります。でも、中国(中華人民共和国)で「標準の中の標準」とされている中国語は北京を中心とする北方の色彩が色濃く出ていて、これが様々な地域から日本に留学に来ている華人留学生の多くにはとても違和感がある……というか、ちょっと吹き出してしまうくらいに滑稽な感じがするのです。

そこはそれ、職業訓練なんですから、ここでも「つべこべ言わずに訓練しましょう」と言えば済むのかもしれません。実際そうおっしゃっている先生方もいらっしゃるようです。まあ現場に出れば、北京出身の方の通訳をすることだってあるのですから、その意味では正しい。でもこうした教材に当の私自身が「そうだよなあ、これは違和感あるよなあ」と思ってしまって授業に身が入らないのです。頭を悩ませるゆえんです。

北京一辺倒ではない、南方のテイストが出た教材を台湾の書店で探して使ってみたこともあるのですが、これもかなり「教科書教科書」していて、華人留学生はあまり楽しくなさそうです。まあこうした教材はどれも外国人(非中国語母語話者)向けに作られたものですから、それを当の中国語母語話者である華人留学生の通訳訓練に使うこと自体、少々無理があるんですね。

というわけで今年も、初級段階では華人留学生の「鬼門」になる人名や地名など固有名詞のクイックレスポンスから初めて、ほんの少しだけ市販教材の「違和感」にも我慢してもらいながら、徐々にネット動画のうちきちんとした話し方をされている華人の映像を探して教材に仕立てていく……という構成になりそうです。

私は研究者ではないので学会のようなものともご縁がなく、こうした作業をもう十数年ひとりで続けているんですけど、他の専門学校や大学などでは華人留学生にどういう授業をされ、どういう教材を使ってらっしゃるんでしょうね。あと、訳出以前にそもそも通訳や翻訳とはどういう営みなのかを理解するための、いわば「通訳翻訳概論」みたいな教材も欲しいです。

通訳翻訳学については多くの書籍や論文が出ていてあれこれ読んでいるのですが、初級段階の華人留学生(日本語学校を卒業したくらいのレベル)には少々難しすぎます。そうした知見をもう少し噛み砕いて、日本語力のさらなるレベルアップと並行して初級の通訳翻訳を学んでいくことができるような教材が欲しいなと思い、実はこの春休みに自分で書いてみました。

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まだ全体としてあまりよくまとまっていないのですが、今年度はこれを使って訓練をしながら、華人留学生の反応を観察してどんどん手を入れていこうと思っています。

う〜ん、結局は「ありもの」に頼りすぎることなく、自分でせっせと手を動かして作っていくしかないんですね。「ずぼら」な私にはちょっと荷が重いんですけど。