インタプリタかなくぎ流

“Might come in handy one day.”

「落とし穴満載感」ハンパない通訳者のお仕事

シンクロニシティ」という現象をご存じでしょうか。Wikipediaには「複数の出来事が意味的関連を呈しながら非因果的に同時に起きること」と何やら難しいことが書かれていますが、要するに特に意図したわけでもないのに暮らしの中で起こる奇妙な符合のことです。何の気なしに誰かのことを思い出したその日に街でその人にばったり出会うとか、映画で出てきたケーキが美味しそうだなあと思っていたらその日の夜に家族がそのケーキを買って帰ってきたとか。

例があまりヴィヴィッドじゃありませんが、私はこのシンクロニシティをよく体験します。特によく起こるのは語学の勉強をしているときで、真面目に一生懸命語学に取り組んでいるときほど、さっき教科書に出てきた表現のシチュエーションそのままの状況が起こるとか、あまり頻繁に使われないマイナーな表現なのにたまたまそれを学んだ日に誰かが使っているのを聞くとか。

どうしてそういうことが起こるのかはよく分かりませんし、単なる偶然だとも思うのですが、私はこれ、真面目に勉強している時のご褒美だと思うことにしています。シンクロニシティが起これば起こるほど、神様が「よしよし、よくやっているな」と褒めてくれているのだと。

先日も通訳業務の最中にこのシンクロニシティを経験しました。とある企業(日本と台湾)のトップが料亭で会談する席でのことです。会食、それも酒宴での会話ですから、タスクとしてはそれほど難度が高いわけではない……はずなのですが、油断は禁物です。双方のトップともかなりの教養人で、どんな話が飛び出すか全く見当もつかないからです。

両社の業績や最近の政治経済の状況などについては予習が可能ですが、それ以外の雑談が怖い。酒宴によっては単に馬鹿話で盛り上がるだけ(失礼)で、こっちも話の内容を通訳しているというより、何でもいいからとにかく面白いことを言って場を盛り上げるほとんど幇間のような状態になることも多いのですが、この日本企業と台湾企業のトップ同士は博覧強記というか“博大精深”というか、もうここ五年ほどずっとご依頼いただいているのですが、常に油断がなりません。

案の定今回も、東南アジアでのビジネスの話はもちろん、ジビエの話になって鴨、家鴨、鵞鳥、犬、アルマジロからハクビシンまで話が広がり、そこからSARSの話題になったと思ったら、一転元号が改まる話になり、紙幣が新しくなる話になり、清の康熙帝乾隆帝の話になったと思ったら、明の朱元璋に飛び、唐の玄宗皇帝と楊貴妃西安の華清池で湯浴み……そして白居易(白楽天)の「長恨歌」まで登場しました。

この白居易の「長恨歌」、私は漢籍の素養などほとんど無きに等しい人間ですが、偶然にもいま、白居易の詩歌を解説した入門書を読んでいるところでした。日本の能楽には源氏物語など平安期以降の文学が色濃く影響を落としていますが、その源氏物語はまた「長恨歌」など中国の古典の影響を受けている……ということで、ちょっとかじってみようかなと手に取っていたのです。

f:id:QianChong:20190412095403j:plain:w200
白楽天 ビギナーズ・クラシックス 中国の古典 (角川ソフィア文庫)

この入門書には「長恨歌」は出てきませんが、大まかな背景だけは書いてあって印象に残っていました。それを読んだ直後に通訳業務で登場したので、その偶然、シンクロニシティに驚いたのでした。今回の通訳業務自体は、その話題の多岐にわたったことゆえところどころ「ぐだぐだ」に陥りかけて反省点も多いのですが、多少は通訳の神様が助け船を出してくれたのかなと思っています。

しかし……比較的タスクの軽いとされる酒宴の通訳にして、この「落とし穴満載感」はどうでしょう。求人広告で「通訳するだけ! 商品知識は必要ありません!」という惹句があったり、クライアントさんに悪気のない口調で「通訳者さんって楽でいいよね。口先でチョロちょろっとしゃべって高い日当もらえるんだから」と言われたりするこの職業ですが、ごくごく控えめに申し上げて「ふ・ざ・け・る・な」ではありませんか。この仕事の実情について、もっと理解が広まればいいなと常に思っています。

qianchong.hatenablog.com
qianchong.hatenablog.com