インタプリタかなくぎ流

“Might come in handy one day.”

校則をなくしちゃった中学校

先日、服装に関する校則についてエントリを書いたんですけど、昨日はネットで偶然こんな記事を読みました。

news.yahoo.co.jp

これはすばらしい取り組みだと思います。数々の校則を「そもそも、これ、いる?」とみんなで考えていった結果、校則そのものがなくなってしまったと。校則ってのはその多くが「〜しなさい」と指示するものなんですけど、それは裏を返せば「〜してはダメ」を事細かに列挙しているんですよね。でも校則で「ダメ」と言い続けることは、結局ものを考えない人間を育てることにつながる。それは生徒だけではなくて、教職員もものを考えないようになっていくんです。

教育の現場って、もともと惰性というか慣性というか、それまでのありようをなかなか変えない・変えられない側面があって、それはまあ良い点もある(例えば毎年教育方針がコロコロ変わったら、生徒も教師も大混乱します)けど、当然悪い点もありますよね。その悪い点の筆頭が「何事も前例踏襲で、ものを考えなくなること」だと思います。

四月のこの時期は、うちの学校も多くの留学生を迎えて「オリエンテーション」が様々行われます。留学という在留資格を得て一時的に日本に住むことを許可されている身分ですから、法律上様々な規定や縛りがあって、それを伝えて遵守させるのはもちろん必要です。時に権利や生命に関する重要な項目もありますから。ただ、それに加えてうちの学校には独自の校則が数多くあり、オリエンテーションではそれらをまとめたまるで保険の約款のような冊子を配って説明しています。

それらは長い経験の中から数々のトラブルを経て積み重なってきたものなので、一気にそうした決まりをやめちゃうというわけには行かないでしょう。でも私は密かに、こんな「約款」配っても誰も読まないんじゃないか……と思うのです。そして何とか減らしていけないかなとも。

理想論ですけど、トラブルが起きたときになぜそうなってしまったのか、再発を防止するにはどういう共通認識を持つべきか、その都度話し合って考えることが大切で、畢竟教育現場って、その「辛気くさい営み」の繰り返しこそが大切なような気がします。先生方は常に忙しくされていて、教材や教案の準備で大わらわなのでそんな悠長なことは言ってられない(私も自転車操業どころか一輪車操業状態です)と思いますけど、なんとか自立と自律を促すやり方はないかなと常日頃から思っています。

その意味でも冒頭の世田谷区立桜丘中学校の試みは、傾聴に値すると思いました。

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https://www.irasutoya.com/2016/11/blog-post_659.html