インタプリタかなくぎ流

“Might come in handy one day.”

医療通訳の現場で見落とされているもの

昨日Twitterのタイムラインで読んだこちらの記事。外国人観光客や在留外国人の増加に伴って、医療現場でもきちんとしたコミュニケーションを確保する必要が生まれているという話題です。

style.nikkei.com

スイスの作家マックス・フリッシュ氏が語ったとされる「我々は労働力を呼んだが、やってきたのは人間だった」という言葉があります(参照:Wikipedia)。外国人は単にカネのやりとりだけが発生する存在ではなくて、人間である以上さまざまなケアが必要な存在です。医療現場でのこうした動きも当然といえば当然すぎるほどで、むしろ後手に回りすぎてしまったという印象ですが、記事を読んで強く感じたのは通訳者への真っ当な報酬が真剣に検討されていない点です。ここにも「話せれば訳せる」という誤解が影を落としているのではないかと。この誤解をどうやって解きほぐしていくかも大きな課題ではないでしょうか。

まずは言葉の問題

かつて、医療現場での通訳業務を何度か承ったことがあります。そのときはエージェント経由できちんとした報酬を頂きましたが、いろいろな点で「これは容易ではない……」と感じました。まずは言葉の問題。医療に関する通訳ですから、通常以上に誤訳や、誤訳とは言えなくても曖昧な表現などに十分な注意が必要だと思います。ことは健康や生命に関わる問題ですから。

例えば日本語で「心臓(しんぞう)」と「腎臓(じんぞう)」はたった一文字、清音か濁音かの違いだけですよね。中国語でも“心臟(xīnzàng/シンザン)”と“腎臟(shènzàng/シェンザン)”でとても似ています。医師の説明を訳し間違えたら……と思うと、ちょっと身がすくむ思いがしませんか。もちろんこれは極端な例で、実際には心臓や腎臓を単語そのままの形で呼ぶとは限らず、さらに診察や治療の際には資料やカルテや写真などがあり、その前後の流れや脈絡もありますから、そんな単純な取り違えはまず起こらないはずなのですが、それでも普段以上に気を遣う通訳業務であることは間違いありません。

ところが、そんな大切なコミュニケーションの仲立ちなのに、現状では「地域のボランティアや病院内で語学に堪能な職員がすることが多」い(上掲記事)という現状。はっきり申し上げて、これはボランティアや職員の「余技」で、ましてや無償奉仕で賄えるような仕事ではありません。しかも実際にやってみると分かるのですが、医療用語は多岐にわたり、辞書に載っている「正式」な名称や言い回しのほかにさまざまな現場での特殊な言い方があり、外語(私の場合は中国語)の語彙にも地域差や個人差がかなりあり、広範で膨大な専門知識が必要です。この点でも「話せれば訳せる」程度で対応できるものではありません。

さらに受け入れ側の問題

言葉以外に、受け入れ側である病院の環境整備の点でも課題は多いと思いました。私が通訳業務を行ったうちの一つは、胃カメラで検診を行う際に患者の希望で部分麻酔を施したのですが、朦朧とした状態にある患者(それも外国人)にどのように伝えるのか、緊急時にどう対応するのか、病院側にも全くノウハウが蓄積されていないように感じました。またX線MRIなど特殊な装置の中にいて、通訳者が患者のそばに付き添えず、別室からマイクなどを使って通訳するような状態になることもあるのですが、これも意外に難しいと思いました。とにかく通常の通訳業務とはかなり違うシチュエーションが次から次に現れるのです。

もうひとつ、お医者さんが通訳を介したやり取りに全く慣れていないと感じたこともありました。基本的にその場で逐次通訳形式で伝達するのですが、逐次通訳特有の「ある程度話したら通訳を待つ」とか「会話は通訳ではなくあくまでもクライアント(この場合は患者)とのやりとりである」といった、基本的な知識・リテラシーが共有されていない方の場合はもう大変です。まるで私自身が患者であるかのように淀みなくどんどん話していって通訳をさせてくれなかったり、お医者さん自身の話し方がとても曖昧だったり(医師ですからロジカルに話すと思われるでしょうけど、そうでない方もままいらっしゃいます)、正確な通訳のために何度も確認していると「キレ気味」になったり……。

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https://www.irasutoya.com/2015/05/blog-post_5.html

私が担当した医療通訳の現場は数えるほどしかありませんから、これをもって一般化することはできませんし、また現在では大きく改善が進んでいるかもしれません。それでも、医療通訳の現場では、ひとり通訳者の知識や技術向上もさることながら、医療関係者の、通訳業務や多言語コミュニケーション、異文化への理解などもとても大切だと感じました。これもまた、つねづね申し上げている「言語リテラシー」の涵養が急務ということになるでしょうか。

相応の報酬が必要

上掲の記事によれば、通訳学校などでの専門教育のほか、電話などを介した通訳サービスも広がりつつあるようです。ただ、ずっと以前に私がツイートしたように、「医療通訳 ボランティア」でネットを検索してみると、まだまだ報酬面から質の向上を確保しようとする動きは鈍いような印象を受けます。

繰り返しになりますが、医療通訳は(いえ、どんな通訳業務も基本的には)ボランティアで、ましてや無償で行われるようなたぐいの業務ではありません。そこには高度な専門知識と技術が必要で、それ相応の報酬が用意されてしかるべきものです。ちなみに私はそうした医療関係の専門知識はそこまで持ち合わせていないので、数年前に承ったのを最後に医療通訳は担当していません。とてもじゃないけど「ほいほい」と引き受けられるようなものではないと悟ったからです。