インタプリタかなくぎ流

“Might come in handy one day.”

能「道成寺」と唐詩「楓橋夜泊」

私はいまのところ中国語業界の末端に連なっているので、初対面の方に「日本の伝統芸能である能楽(能と狂言)が好きです」と申し上げると、ときおり「へええ、中国の芸能じゃなくて? またどうして?」というような反応をいただくことがあります。先日も某所で聞かれました。

まあ本音のところでは、日常が中国語漬けだから趣味くらい中国を離れたい……くらいの理由なんですけど、それだけだと「なんだかプロ意識に欠ける」などと思われそうなので「いや、実は能楽って中国と大いに関係があってですね……」と言葉を継いでいます。いえ、これはあながち嘘ではなくて、本当に能楽は中国と、とりわけ中国の古典と深い関係があるのです。

能の「中国もの」

曲(演目)の題名だけ見ても「楊貴妃」や「項羽」をはじめ「邯鄲」、「天鼓」、「猩々」、「西王母」、「昭君」、「鍾馗」、「白楽天」、「皇帝」、「枕慈童(菊慈童)」などなど、中国の故事や人物が主題となっているものが能には数多くあります。さらに面白いのが、中国に材を採っていない全くの「純日本的」なお話の能なのに、詞章(台詞や歌詞)のなかに中国の古典が引用されていることが多いという点です。

例えば「紅葉狩」という能は、「平維茂(たいらのこれもち)が信濃国戸隠山を通りかかった際、美しい女性たちが催す酒宴に誘われるも、実はそれが鬼であったことが分かり、激しい戦いの末に打ち負かす」というお話(こうやって要約しちゃうと味わいもへったくれもありませんね)ですが、そのクライマックス、鬼が火を放って辺りが炎に包まれ盛大に煙が立ち上る……という場面で唐突に「咸陽宮(かんようきゅう)の煙の中に」と謡が入ります。

あの「咸陽宮」です。秦の都・咸陽にあった始皇帝の住む巨大な宮殿で、項羽が秦を滅ぼした際にかの阿房宮とともに焼き払ったとされる(その真偽も含め、諸説あるそうですが)建物。司馬遷の「史記」など多くの漢籍に登場するこのお話が日本にも伝わり、「三ヶ月間燃え続けた」と言われる咸陽宮のその燃えさかるさまから「咸陽宮の煙」という比喩が生まれたのでしょう。

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http://tech.ifeng.com/a/20170830/44670144_0.shtml

そして「咸陽宮の煙」と形容するだけで、当時の日本人(のごくごく一部でしょうけれど)は即座に「ああ、漢籍に出てくるあの……」とその壮大な煙の立ち上るさまを想像できたということですね。それだけ当時の日本人がかの国やかの国の古典をリスペクトしていたのでしょうし、漢籍をたしなんでいることがクールであり、ステイタスでもあったのだと想像します。

現代の私たちに共通する良い例を思いつきませんが、たとえば「ルビコン川を渡る」とか「賽は投げられた」という言葉は、ユリウス・カエサルジュリアス・シーザー)の故事から「もう後戻りはできないという重要な決断」の意味で使われますよね。そんな感じで、本来は縁もゆかりもない外国のお話を引用することで、より描写を印象的に、あるいは劇的にしているわけです。

まあ「源氏物語」や「平家物語」にだって中国の古典からの引用がたくさん盛り込まれていますから、当たり前といえば当たり前なんですけど。こうした例は枚挙にいとまがありませんが、華人(中国語圏の人々)に紹介して一番興味を持ってくださるのは、能「道成寺」に引用されているある唐詩漢詩)です。

一番有名な能に一番有名な漢詩

道成寺」は能の中でも特に重い扱いをされる大曲で、若手の能楽師はこの曲を披く(ひらく:初めて演じる)ことで一人前として認められるとされています。また舞台装置として巨大な鐘が登場し(能舞台の天井にある滑車は、この鐘をつるすためだけに設置されています)、鐘が落ちる瞬間に中へ飛び込むスペクタクルな「鐘入り」や、その後鐘の中で能楽師がひとりで装束を換えるという習い(どうやって変えるのかは「秘伝」なんだそうです)、さらには小鼓の音とかけ声だけで極めて緊張感のある静寂のなか舞われる「乱拍子」など、かなり特殊な演出が行われます。歌舞伎の「娘道成寺」や浄瑠璃の「道成寺」などはこの曲を元にしているそうです。

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そんな「道成寺」のまさにクライマックス、鐘入り直前のスピード感ある舞の部分で、とつぜん唐の詩人・張継(ちょうけい)の「楓橋夜泊(ふうきょうやはく)」が引用されるのです。「楓橋夜泊」といえば華人なら小学校や中学校で必ず教わる、日本でいえば松尾芭蕉の「古池や蛙飛びこむ水の音」レベルの「超」有名な詩です。私も中国語の学校で教わりましたし、いまでも暗誦できます。

月落烏啼霜滿天  月落ち烏啼いて霜天に満つ
江楓漁火對愁眠  江楓漁火愁眠に対す
姑蘇城外寒山寺  姑蘇城外の寒山
夜半鐘聲到客船  夜半の鐘声客船に到る

それほど華人にとってはポピュラーな唐詩を引用した詞章が、物語的には中国と何の関係もない「道成寺」の、それも一番のクライマックスで、地謡によって謡われています。こちらの動画、48分45秒あたりからをご覧ください。

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月落ち鳥鳴いて/霜雪天に
満潮程無く/日高の寺の
江村の漁火/愁へに対して
人々眠れば/よき暇ぞと
……

もちろん唐詩と全く同じではありませんが、この部分は明らかに「楓橋夜泊」の引用ですよね。「寒山寺」が「日高の寺」になっていたり、「江楓漁火」が「江村の漁火」になっていたりと元の詩を換骨奪胎し、全体としては「楓橋夜泊」のひえびえとした詩境に仮借しながら、この一種壮絶な鐘入りのシーンを盛り上げています。

日本的な「受容」

しかも、この漢詩の最初にある「月落烏啼」の「烏(からす)」が、道成寺の謡では「鳥(とり)」になっているのも面白いと思います。たぶんこの部分の謡のリズムに合わなかったので変えたんでしょうね。能楽において、この部分は「大ノリ」と呼ばれる、母音の拍を一つ一つ押さえるような(という説明が適切かどうか分かりませんが)謡い方をするのですが……

一行目の「つーきーおーちー」のあとに「○」を入れたのは休符のつもりです。ここで短く「ん」と休符が入って、そのあと「とーりないてー」とたたみかけて八拍になっているのですが、ここが「からすないて」だとかっこよく八拍に収まらないんですね。だから「烏(からす)」を「鳥(とり)」にしちゃった。中国語の音的には全然違うので、ここを変えちゃうと唐詩では平仄が合わなくなると思うんですけど、日本語の謡では「横棒一本の違いだし、まあいいか」と。わははは、約650年前の日本人、大らかというか、いい加減というか。

世界でもまれな関係

華人なら誰でも知っている唐詩が、日本の能楽の、それも一推しの大曲「道成寺」のクライマックスに引用されている……そう知ると、今まで縁遠いものだと思っていた日本の古典芸能が一気に身近に感じられるようになる華人もいるようです。なんとも「胸アツ」ではありませんか。私も、つとに諳んじていた唐詩が「道成寺」で引用されていることを知ったときは、おおいに「胸アツ」でありました。

また、上述の「紅葉狩」でもご紹介したように、例えば司馬遷の「史記」のような2000年も前の中国の古典に出てくる話がさりげなく引用されているというのも、考えてみればすごいことです。以前に別の記事でも書きましたが、例えば「臥薪嘗胆」みたいな故事も「勾践」や「会稽山」や「呉王」などの言葉とともに、これまた純日本的なお話である「船弁慶」に引用されていたりします。

qianchong.hatenablog.com

中国語と日本語、言語が全く違うのに何千年前の古典を共有しており、その古典を引用したとたんに「ああ、その話ですね、知ってる知ってる!」と得心できる、あるいは盛り上がることができる。こんな二国間関係(という表現が適切かどうかはさておき)は世界でも極めて珍しいのではないでしょうか。

そして、中国語を学んでいる私たちはある意味、一般の方々よりも深く能楽の「胸アツ」なダイナミズムに触れることができるのです。中国語学習者のみなさんが能楽をご覧になり、謡曲をたしなんでみると「超」楽しいですよ! ぜひぜひ……と申し上げるゆえんです(ここに結論を持ってきたかったのです!)。