インタプリタかなくぎ流

いつか役に立つことがあるかもしれません。

レトロな「あいみょん」について

昨年の秋ごろでしたか、ジムでトレーニングしているときに偶然BGMでかかっていた、あいみょん氏の『君はロックを聴かない』。面白い歌詞だなと思ってすぐにSpotifyで探し、それ以来よく聴いています。

youtu.be
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君はロックを聴かない

若い女性シンガーの声なのに(そのときはプロフィールを全く知りませんでしたが)歌詞は若い男性の視点らしいというのが面白いと思った理由ですが、それ以上に、そんな高校生か大学生くらいの若い男性なのに、紡がれる言葉が状況がやたらと「レトロ感」満載だと感じたのです。

この若い主人公はロックが大好きなようで、好きな相手にもぜひ聴いてもらいたいと思っているようです。でも、きょうび若い方でそこまでロック好きな方は、少なくとも私たちの世代に比べたらかなり少なくなっているんじゃないでしょうか。J-POPと呼ばれる、多彩で個性的な楽曲のなかで「ロックテイストの曲が好き」という方は多いでしょうけど、洋楽・邦楽といったシンプルなカテゴリーがまだそれなりに実体を伴っていた時代にいたような「ロックファン」はかなり高齢化しているのではないかと(私のこと?)。

試みにGoogleで「若者 ロック」と入れてみましたら、「若者 ロック離れ」というキーワード候補が現れました。それに従って検索してみたら、こんな「まとめ」や新聞記事が。

matome.naver.jp
www.asahi.com

う〜ん、これだけをもってロックを懐古趣味に入れちゃうのは乱暴かもしれませんが、すでに「クラシカル・ロック」という言葉が生まれるくらいロックは歴史を重ねて成熟し、さらには退潮の域にあるのかもしれません。

加えて『君はロックを聴かない』の主人公は、レコードでロックを聴いて(聴かせようとして)います。

埃まみれドーナツ盤には
あの日の夢が踊る
真面目に針を落とす
息を止めすぎたぜ
さあ腰を下ろしてよ

じゅうぶんにレトロですよね。最近はアナログのレコードに針を落とすのが逆に新鮮という若い方々もいるようですが、「埃まみれ」とか「あの日の夢」と一緒に登場するこの部分は、むしろ私たちくらいの「おじさん」が昔を懐かしがっていると考えてもそれほど違和感がないくらいです。

もっとも、あいみょん氏は今年23歳とのことですし、こういう解釈は牽強付会に過ぎるとも思うのですが、私が最初にこの曲を聴いたときになぜか心ひかれ、年甲斐もなく「きゅーん」となったのは、やはり氏のこの歌詞には単なる若い男性の背伸びだけではない、何か懐の深いものがあるからのような気がするのです。それは一見尖っているように見えながら、レトロで「昔気質」な、ちょっとおバカな男性の気持ちが現れているからではないでしょうか。

ここまで書いて、NHKオンデマンドあいみょん氏を特集した『SONGS』があるのを見つけ、視聴しました。

www.nhk-ondemand.jp

この中で氏は「歌詞は台詞だ」と言っています。歌詞は台詞であり、聴き手の頭の中に映像を作るものだと。また読書も大好きだそうですが、書籍も基本的に映像がなく、言葉を読んで自分の頭の中に映像やプロットを作るから面白いのだと。なるほど、だからその歌詞はすっと耳に入ってくるのかもしれません。

君はロックなんか聴かないと思いながら
少しでも僕に近づいてほしくて
ロックなんか聴かないと思うけれども
僕はこんな歌であんな歌で
恋を乗り越えてきた

このサビの部分、三行目の「思うけれども」がいいですね。「思うけれど」じゃなくて「思うけれども」ってところに「どうしても君にロックの良さを分かってもらいたい」って「我執」が表れているような気がします。

このNHK『SONGS』では「自分の感覚を信じ、自由な発想で楽曲を作る」とおっしゃっていたあいみょん氏。ただ、私は氏の他の楽曲も聴きましたが、まことに僭越ながら、この『君はロックを聴かない』は、今後ご本人がこれを超えることが必ずしも容易ならざるひとつの達成だと思います。ご自分の感覚にプラスして、書籍などから吸収した知識や智慧を元に、さらに新しい境地を開いてくれたらいいですね。

「開いてくれたらいいですね」なんて、上から目線でいったい何様ですかという感じですが、番組の冒頭では大泉洋氏が「おじさんが『あいみょん知ってるんだぞ』ってのを自慢したくなるような方ですよね」と言っていました。思わず笑い転げました。いやまったく、その通りです。