インタプリタかなくぎ流

いつか役に立つことがあるかもしれません。

カタカナ用語が好きなんだなあ

今朝がた、2020年東京オリンピックパラリンピックにおけるボランティアの愛称が決まったという報道に接しました。

www.asahi.com

オリパラについては、①大会役員やスポンサー企業は大儲けする一方での炎天下のタダ働きなどに応募する方の気が知れない+②国威発揚のイベントなら医療を始めとする専門技能まで無償で賄えるという「レガシー」は今後の労働環境に多大な悪影響を与える……というのが私の基本的な考えですが、まあその議論は脇に置いて、今回はあらためて「日本人ってカタカナ用語が好きなんだなあ」と思いました。

先般の山手線新駅の名称が「高輪ゲートウェイ」ってのにも脱力することしきりでしたが、その是非はともかく、日本語が「カタカナ」という道具を利用してかくも融通無碍に、あるいは無節操に外語を取り入れやすい言語だというのは本当に興味深いと思うのです。いえ、決して嫌みでも何でもなくて、純粋にひとつの言語のありようとして。

タレントのルー大柴氏は、外語や外来語を過剰に取り入れた「トゥギャザーしようぜ」に代表される日本語「ルー語」で一世を風靡しましたが、お仕事の現場でも似たような方はたくさんいらっしゃいます。以前日本語をキー言語にしたリレー同時通訳で、英語→日本語の通訳者さんが「このアーティストのネクストサプライズはキャッチーでダンサブルなナンバーをコンピレートしたスペシャルアルバムです」みたいに、ほとんど英単語を「てにをは」でつないだだけ、みたいな訳出をされる方で、日本語→中国語、日本語→韓国語などの各ブースが大混乱……という現場に遭遇したことがあります。

カタカナ用語に苦労する華人留学生

留学生のみなさんも、この日本語にあふれるカタカナの外来語にけっこう苦労してらっしゃいます。欧米など英語圏の留学生も、日本語における外来語の「母音ベタ押し」な発音と原音との違いに苦労するのですが、華人(チャイニーズ系)の留学生はとりわけカタカナの外来語で四苦八苦しています。「ルー語」的なのはさすがに極端なのでこちらも対応は求めませんが、基本的な語彙、例えば外国の国名や地名などは仕事で頻出する割に上手く言えない華人留学生が多くて、一種の「鬼門」になっているのです。

これは来日歴の浅い留学生だけではなく、日本に住み、仕事をして十数年という「ベテラン」の華人のみなさんでもけっこう苦労してらっしゃるご様子。普段とても流暢な日本語を操っているのに、長ったらしいカタカナ用語だけはとても苦手とか、話すのはともかく、パソコンで打とうとするとなかなか正確に打てなくて、いっかな変換できない……といった場面をたびたび目にしてきました(最近は予測変換が発達しているのでずいぶん楽になっているようですが)。

国名や地名もさることながら、業種や業務によっては頻出するテクニカルターム(技術用語)も大変そうです。例えば先日使ってみたこちらの教材。Dyson社のドライヤーに関する商品レポートです。

youtu.be

こうした技術系の素材を留学生クラスで使うときは、まず資料を配り、オフィシャルサイトなども確認しつつ、グロッサリー(用語集・単語集)作りを行います。

髓質層:メデュラ(毛髄質)
皮質層:コルテックス(毛皮質)
表皮層:キューティクル(毛表皮)
光澤:ツヤ
彈性:ハリ
韌性:コシ
玻璃球熱感測試器:ガラス球サーミスタ
數碼馬達:デジタルモーター
微處理器:マイクロプロセッサ
……

とまあ、こんな感じで作り、さらに十分に口慣らしをするように伝えているのですが、それでもいざ訳出となるとかなり不正確な方が多いです。「それじゃ実際に現場に出たときに困りますよ」とは伝えるのですが、そこはそれ、良くも悪くも緊張感にはいささか欠ける心優しい華人留学生にはあまり響かないようで、笑ってごまかされちゃいます。

現代中国語にも外語や外来語はかなり入ってきているのですが、カタカナがある日本語のようにはいかず、外語をそのまま使っちゃうか、似たような音の漢字で表記するしかありません。例えば moter →馬達(「マーダー」という感じの音になります)のように。でも圧倒的に多いのは、やはり micro prosessor →微處理器のようにきっちり翻訳し切っちゃうタイプの語彙です。

こういう中国語のありようが私は好きですし、かつて明治期に国外から大量の新しい概念が入ってきたときの日本語にも同じような精神が生きていたはずなのにな……と「フィールドキャスト」や「シティキャスト」なる呼称を前にちょっぴり思うのです。

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