インタプリタかなくぎ流

“Might come in handy one day.”

「二人になるのを避ける」理由について

先日の東京新聞朝刊に「『#MeToo』に萎縮する男たち」という特報記事が載っていました。いわゆる「ハラミ会(「ハラスメントを未然に防ぐ会」という、男性だけの飲み会)」や「ペンス・ルール(妻以外の女性とは二人きりで食事をしないという、ペンス米副大統領の発言)」などを紹介した上で、セクハラを防ぐ、あるいはセクハラだと糾弾されるのを防ぐために、「女性と二人になるのを避ける男性が増えている」という内容です。

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こうした動き、私も短絡的で浅薄な対応だと思いますが、同僚の女性数名とこの件を話してみました。彼女たちの一応の結論としてはまず、性別を問わず、何らかの縦の関係にある二人が、二人だけで会ったり飲食したりするのは基本的にNGではないか、ということでした。なるほど。でもうちは、細君も私も、性別や縦横の関係に関わらずそれぞれが人と会ったり食事したりしてるんですよね。

細君も私も、例えば夜に用事がある時(それが一人だけの私用だろうが、誰かと会っての食事だろうが)には、朝の出勤時に「今日は遅くなるから」と言うだけです。うちは私が炊事全般の担当なので、晩ご飯の要不要(細君が出かける場合)あるいは「あり・なし」(私が出かける場合)も伝えます。それだけ。基本的に誰と・どこで・何をするのか、お互いに確かめもしません。

でも同僚の女性は「それはちょっとありえない」と言うのです。最低限誰と・どこで・何をするから遅くなる、とか、ご飯は要らないとか言うのではないかと。しかも会う相手が異性だった場合とか、年齢差がある場合だったりすれば、当然気になるではないかと。

まあ細君の正直なところは分かりませんが、少なくとも私は、全然気にならないし、気にしないんです。お互いに信頼があるからと言えばカッコいいですけど、要は個人の自由だと思うんです、誰と会おうが何をしようが。夫婦といえども干渉すべき・できることではないと思うんですよね。大人なんだし。

これはまあ、私たちに扶養家族がおらず、お互い再婚同士だから、そしてこの年齢だからという要素が様々に絡んでいるような気がしますが、私に限って正直に言えば、たぶんそんなに相手のことに興味がないのかもしれません。夫婦なのに冷たすぎる? 確かにそんな気もします。もちろんパートナーの存在はとても大切ではあります。ただ個人の自由を最大限尊重したいだけです。

実は私、ずいぶん前から女性と二人で会食するというのをやっていました。相手は親しい友人だったり、職場の同僚だったり、仕事で協同(字幕など)した仲間だったりします。未婚者も既婚者もいました。お互いよく知っていて信頼もあって、そういうふうに二人で会食することそのものに自分も相手もとくだん特別な感覚を抱いたことはなく、単に会って、話して、食べて、「美味しかったねえ。じゃまたね」でおしまい。よしながふみ氏の『愛がなくても喰ってゆけます。』に出てくる、「F山」氏と「Yなが」氏のこんなシーンにそっくりでした。でもこれも、世間的には「ありえない」のかな。

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上掲の記事では、ウォール街出身のニューヨーク市副市長とシニアアドバイザーの女性四人による公開書簡が引用されています。いわく「女性と二人で食事するという簡単な行為すら、ばかげたこと(セクハラ)をせずにはできないのなら、財務上も文化的にも会社に不都合をもたらす。自分の行動を保証できないような男に、あなたは数百万ドル託せますか?」と。もっともです。

また英誌『エコノミスト』記事の引用もあって、こちらは「そういう男性たちは適切な行動の仕方を知らないか、あるいは、人口の半分を占める女性はひたすら虚偽のセクハラの訴えをするものだと考えているかのどちらかだ」と論評しています。これも、もっともだと思います。誰かと二人だけで会う際に守るべきルールは、相手の属性に関わらず、ひとりの人間として尊重し合あうことだけではないでしょうか。

「きれいごと」に聞こえるかもしれません。でも「ハラミ会」や「ペンス・ルール」などを設定してリスク回避しなきゃいけないくらい、そこまでみなさん(特に男性)の多くが、一人の社会人として「何をしてはいけないのか」が分からない、あるいは女性と二人きりになると「何をしでかすか分からない」のでしょうか。だとしたら本当に情けないことですし、不可解です。

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