インタプリタかなくぎ流

“Might come in handy one day.”

母音の発声について

先日、謡のお稽古をしている際、師匠から「音程が上がったときの母音、特に『あ』の段が汚くなるので気をつけてください」と言われました。「以前よりもずいぶんきれいになりましたが、もう少し『引いて』丁寧に。でも声を小さくするわけではないですよ」とも。

謡には「上・中・下」などの音程があります。もちろん実際にはもっともっと複雑ですし、曲によっても多彩な様相がありますが、初心者の我々がまず気がつくのは「高い音・中くらいの音・低い音」というのがあるんだな、ということ。でもこの音程は、西洋音楽のように絶対的に決まっているものではなく、その場で謡に参加しているメンバーとの間で音程のすり合わせが行われて決まります。このその場限りの「インタラクション」が、謡の面白さのひとつではないでしょうか。

で、私の場合、この「上の音」へ上がるときに、音程が上がるぶん必死になって発声するからでしょう、やや声を張り上げるような、がなりたてるような音が入って「汚い」印象になるようです。音程が上がって確かに曲想的にも高揚するわけですが、だからこそ逆に「引いて」丁寧さと冷静さをもち、抑制的であらねばならない。けれど決して弱々しくなってはいけない……能楽にはしばしばこうした、一見相矛盾するような枠組みというか世界観が登場します。

特に「あ」の段にそれが顕著なのは、ひょっとすると中国語の発音を訓練したからかもしれないと思いました。中国語に限らず、どんな言語の訓練でも同じかもしれませんが、初歩の発音を習得している段階では、日本語の発音とは違う口や唇や舌などの使い方を繰り返し練習します。中国語の母音“a”は日本語の「あ」よりもずっと大きく縦に口を開けて、はっきりくっきり発音する……というぐあいに。

実際の中国語母語話者がそんなに口を縦に開けて母音の“a”を発音しているわけではないのですが、私達外国人が初手から中国語母語話者を真似ても習得はおぼつかないので、最初は大げさにやるわけです。

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じゃんぽ~る西氏の『パリ、愛してるぜ〜』より。


そうしたら、一緒にお稽古をしていたお弟子さんのひとりが、こんなことを教えてくださいました。この方は声楽関係のお仕事をされているプロの方です。いわく……

西洋音楽の声楽でも、以前は口を縦にできるだけ大きく開けて母音の『あ』なり“a”なりを発声するよう指導されていた。西洋人が大きく口を開けているように見えたからだ。ところが、実際には顎を落として口を大きく開けているというよりも、唇全体を大きく開けていることがわかってきた。顎が落ちると指摘されたような汚い音になりやすい。そこで現在では顎は大きく開かないような指導が行われている。

とにかく口を大きく開けて……という指導は、いわば野球などでの「ウサギ跳び」みたいな、現在では否定されつつある訓練だと、概略そんなお話でした。

なるほど~。西洋音楽と声楽と能楽の謡はぜんぜん違う世界ですが、そういう違う世界や分野の様々な知見を集めてああでもないこうでもないと「揉む」場面に接するのはとても興味深いです。そして、業界でなかば「常識」となっている知識についても、つねに疑ってかかるスタンスが必要だなとも思ったのでした。