インタプリタかなくぎ流

“Might come in handy one day.”

思いがけずかなった墓参

今年の二月に、こんなエントリを書きました。昔とてもお世話になった、今は亡き画家ご夫婦の思い出です。

qianchong.hatenablog.com

「先生の墓所も知らない私のささやかな夢は、いつかアッシジに行ってこの風景を探し出し、そこで受験時の『背叛』をおわびして、同時に『ありがとうございました』と言うことです」。こうエントリを結んで半年あまり、アッシジに行く前になんと、先生のご親戚の方からブログにコメントを頂きました。ネットで偶然、私のエントリにたどり着かれたのだそうです。そして、そのご縁で墓参を果たすことができました。まさに望外の喜びです。

私は東京でエスプレッソコーヒーの粉を買い、さらに墓所に近い神戸のフロインドリーブでパンを買ってから霊園に向かいました。

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先生ご夫妻はイタリアで長く暮らされたためか、エスプレッソコーヒーがお好きでした。ご自宅にはビアレッティ(Bialetti)のモカエクスプレスがあって*1、小さなデミタスカップに砂糖を何杯も入れて飲んでいました。

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でも当時はエスプレッソ専用の粉がなかなか手に入らず、先生ご夫妻は深入りしたコーヒー豆をできるだけ細かく挽いてもらうとおっしゃっていました。それで私が、あれは受験で東京へ行ったときだったかに、青山の紀ノ国屋*2でラバッツァ(Lavazza)のエスプレッソ粉を買ってきて先生ご夫妻に差し上げたら、たいそう喜んでくださいました。その後も何度か差し上げたような記憶があります。それで今回の墓参にもエスプレッソ粉を持参したのでした。

フロインドリーブのパンも先生ご夫妻には欠かせないアイテムでした。特に「ライ・ロール」と「グラハム・ロール」という食事用のパンがお好きで、「いつもまとめて買っている」とおっしゃっていました。当時のロールは細長い小型の円柱状だったと記憶していますが、今はもう作っていないようでした。それで今回は丸い形の「ライ・ロール」と「グラハム・ロール」、それに「ポンパニッケル」を買い求めて持参しました。

墓所は神戸の街と海を望む、見晴らしのよい高台にありました。あいにくの雨模様でしたが、お花を手向け、お線香をあげ、エスプレッソ粉とパンを供えて、往年のご指導とご縁に感謝の祈りを捧げました。

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ところで、今回の墓参にあたって、かつて私が通っていた絵画教室の場所をグーグルマップで探してみました。それはとある駅前にある古い団地の集会所だったのですが、航空写真で見る限り同じ団地がまだ残っているようでした。それで実際に行ってみたところ……

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なんと、その集会所まで残っていました! 記憶はおぼろげですけど、確かにこの建物です。母親に連れられた私は、ここで先生ご夫妻と初めてお目にかかったのでした。懐かしさが匂い立ちます。先生が「次回からは親御さんはついて来ずに、お子さんお一人で通わせてください」とおっしゃったことも思い出しました。先生ご夫妻はとても自律と自立を重んじる、優しくも厳しい方でした。

ご縁に感謝するとともに、あらためてネットの力に驚嘆しています。

*1:イタリアで昔から使われている定番の直火式エスプレッソメーカーですね。確かちょうどその頃、1979年に発表されたアレッシィ(Alessi)の9090という直線的デザインのエスプレッソメーカーが日本にも入ってきていました。でも先生が「モダンすぎるよね。やっぱりエスプレッソはビアレッティのこれじゃなきゃ」とおっしゃっていたのも覚えています。

*2:現在は青山Aoの地下に入っているスーパーです。もともとはあの場所にあった二階建ての高級スーパーでした。カルディみたいな輸入食品店がまだほとんどなかった時代で、広尾のナショナルスーパーマーケットと並んで異国を感じる憧れの場所でした。油圧式の超スローなエレベーターがあって、あれは食料品にダメージを与えないためだ、などといった「伝説」のあるスーパーでした。