インタプリタかなくぎ流

“Might come in handy one day.”

笑顔訓練の必要

国や地域、年齢、性別やジェンダーを問わず、笑顔が魅力的な方に出会うことがあります。そんな方に接すると、こちらの気持ちまでほぐれていくのがよく分かります。「笑顔が魅力的」だなんて当たり前すぎるくらいの陳腐な形容ですが、なかなかどうして、これは一種の才能、それも天賦の才能ではないでしょうか。

実のところ私、これまでに笑顔に関する本を何冊も読みました。たぶん十冊はくだらないのではないかと思います。Amazonで「笑顔」を検索してみるとわかりますけど、「笑顔本」ってたくさん出版されているんですよ。それでも私はいまだに笑顔を獲得できていません。自分の性格の成せるわざかもしれませんが、これにはもう一つ理由があって、私の顔面は笑みを作りにくいのです。

昨年亡くなってしまいましたが、義父、つまり細君のお父さんと同居している頃、仕事でもプライベートでも色々と困難な局面があり、そこにすでに認知症が始まっていたお義父さんとのあれこれが重なったからでしょう、私は顔面神経麻痺を発症してしまいました。ベル麻痺という症状です。この症状はストレスなどで体力が低下している時に、ウィルスの感染によって引き起こされると考えられています。

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ベル麻痺 - Wikipedia

ベル麻痺の年間罹患率は10万人あたり20人と言われています。それほど珍しい症状ではなく、完治率も高いのですが、私は処置が遅れたためか、結局後遺症が残ってしまいました。左側の頬から口元にかけて、自由に動かすことができなくなったのです。

今では外見的にはほとんどわからないくらいになっていますが、意外なところに生活上の支障が出ました。幸い「商売道具」である言語の発声には影響しませんでした(表情筋と発話のための筋肉は異なるのだそうです)が、口笛が吹けなくなった。ストローで吸えなくなった。麺類をすすれなくなった。時々食べこぼしてしまう……等々。でもこんなのは大した支障ではありません。本当に残念なのは笑顔が作れなくなったことです。

笑顔を作るというのは畢竟「口角を上げること」です。上記の「笑顔本」でも、鏡に向かい、口角を上げる練習をするために割り箸を口にくわえるなど様々な方法が紹介されています。

でも私は左側の口角がほとんど上がらないので、本心ではどんなに笑っていても、外見的にはあまり笑顔に見えないのです。顔の左側が「素」のままなので、右側だけいくら口角を上げても、まぶしそうな顔になるか、せいぜいニヒルな笑い、よく言って照れ笑いにしかなりません。周りも、そして自分自身も明るくなることができるような自然な笑顔は、もう一生作れないでしょう。

もっと笑っておけばよかった、笑顔を作っておけばよかったと思います。単なる外見にすぎないとはいえ、やっぱり人を和ませる笑顔は歴然と存在するのです。笑顔が素敵な方に出会うたび、そう思います。

……とはいえ。笑顔はひとりひとり違うもの。そして表面的に作った笑顔(いわゆる「営業スマイル」など)と心からの笑顔は別物だとも思います。こうなった以上、私は私で、私なりの笑顔を作ればいいのでしょうか。もう一度鏡に向かい、訓練をしてみようかなと思います。

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