インタプリタかなくぎ流

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ちっともビジュアルでない料理本に惹かれる

料理本が好きで、書店に立ち寄るといつもあれこれ眺めてまわっています。実際に購入することは少ないのですが(すみません)、それでもさっき本棚にある料理本を数えてみたらおよそ五十冊ほどありました。これでもずいぶん断捨離して手放したのですが……。

料理本を眺める楽しみはもちろん、その美味しそうな料理のカラー写真や、あれこれ想像がふくらむ手順写真をひとつひとつ追っていくことなのですが、最近どこかでどなたかがお勧めしているのを読んで(ネットで見たのは確かですが、ついに思い出せず)買い求めた『長尾智子の料理1,2,3』は、それとは真逆の料理本ながら、とても深い印象を残す名著でした。


長尾智子の料理1, 2, 3

暮しの手帖社刊ですが、雑誌『暮しの手帖』に載ったものではなくて全て書き下ろしの料理エッセイ。料理にまつわる話題が中心でありながらも、レシピあり(若干のモノクロ写真も入っています)、食と暮らしへの提言あり、料理道具についての考えあり。総じてシンプル、かつ素材、特に野菜の持ち味重視が前面に出ていて、共感する項目がたくさんありました*1

私はここ数年「外食」というものからかなり遠ざかってしまいました。それは経済的な考慮や、騒々しさやタバコの煙など周囲の環境に疲れること、そして歳を取って外食の濃く複雑な味が苦手になってきたからでもあります。そんな自分の状況が、とりわけこの本に控えめな筆致ながら通奏低音として流れている「食を自分の手に取り戻す」というスタンスにぴったりとはまったような気がしました。

こう言っては大変大変失礼ながら、文章にそれほど工夫があるわけではないのです。唐突に始まり唐突に終わる印象の一文もあります。自分だったらもっと前提の状況を書き込んだり、読者にちょっとしたサプライズを与えようとか「意外な視点」を提供しようとかして文章をこねくり回すところです。でも長尾氏の文章にはそれがない。そのかわり、登場する食材や調理器具や暮らしの断片自体がとても饒舌で、読み手に「ああ、料理したい……」という気持ちを起こさせるのですね。それはもう、見開きのシズル感あふれるカラー写真よりもさらに強く。

暮らしの一部として料理をすることの意味とその大切さを、静かに、深く解き明かしてくれる料理本としては、土井善晴氏の『一汁一菜でよいという提案』も長く記憶に残るであろう名著だと思います。


一汁一菜でよいという提案

土井氏はマスメディアにもたびたび登場されている方です。そして日々の家庭料理は一汁一菜でよいというある意味大胆な「提案」、それにこの本の少ないながらもカラー写真で乗せられている料理のビジュアルが「衝撃的」であることも相まって、ネットの一部ではネガティブな感想も散見されました。でも私はこの本でとても救われたというか,肩の荷が少し下りたような気になりましたし、特に味噌汁に対する考え方が本当に大きく変わりました。

長尾氏のご本と比べると、より広範というか高みに立つスタンスから、日本人とは、和食の歴史とは、日本人の美意識とはといった視点が含まれていることも、一部の方には少々大仰に響くのかも知れません。それでも、土井氏のこの本は、日々の暮らしの中に無理なく組み込める家庭料理とはどんなものであるか、さらには「人間が食べること」とは何かについてひとつの結論を導き出しているように思えます。

ちっともビジュアルでない料理本としては、細川亜衣氏の『食記帖』なかなか大胆な一冊です。「まえがき」につづいて目次すらなく*2、いきなり日記風の、あるいは備忘録風の料理に関する文章が300有余ページにわたって延々と書き綴られているのです。


食記帖

細かいレシピのような文章もあれば、単に素材の名前や料理名、食品名を列記しただけのものもあります。写真は一枚もなく、野菜や果物などのイラストがほんの少し挿入されているだけ。いわば単にひとさまの家庭の食卓を垣間見せてもらっているだけのような本なのですが、これがなかなか味わい深いのです。各項目には日付が入っていますから、最初から読まずに気が向いたときにその日の日付に近い部分をぱらぱらと読んで、気になった料理やレシピを試してみる……という読み方・使い方が面白いかもしれません。

細川氏の料理本は他にも、すでに名著の呼び声高い『イタリア料理の本』や『野菜』などいくつか持っていますが、それらの本のビジュアル(写真)もかなり独創的です。氏はこう呼ばれることにきっと抵抗を示されると思いますが、私はほとんど美術書のカテゴリーとして眺めています。なのに『野菜』などは、日々の暮らしに難なく取り込める素晴らしいレシピがたくさん載っていて日々重宝しているのです。

ちっともビジュアルでない三冊の料理本、どれもお勧めです。

*1:個人的には、先般訪れたヘルシンキ郊外のアルヴァ・アアルト邸が登場するにいたって、人生の愛蔵版決定です。

*2:ただし巻末に詳細な索引がついており、この本があくまでも料理本であることを強烈に主張しています。