インタプリタかなくぎ流

“Might come in handy one day.”

滔々と流れる大河のような「楽」

能のお稽古は「楽(がく)」の練習に入りました。いつもお世話になっている「the能ドットコム」の「能楽用語事典」によりますと、楽とは……

がく
舞の種類のひとつ。舞楽をまなんだ舞といわれ、「鶴亀」「邯鄲」「天鼓」「富士太鼓」など唐土にゆかりのある役柄や舞楽に関係する能で舞うことが多い。足拍子を数多く踏むのが特徴。
楽 (がく)とは:the能ドットコム:能楽用語事典

いわゆる「中国物」と言われる演目でよく登場する舞で、私はこの「楽」が入った舞囃子を来年の温習会までお稽古していこうかなと思っています。何度も書いていますけど、能楽は日本の伝統芸能で「純和風」の内容かと思いきや、中国(能楽が成立した当時は中国とは言っていませんが)に題材を取った演目も多いんですよね。以下に当時(およそ650年ほど前)の日本人が中国大陸の文化、就中古典に親しみ,リスペクトしていたかがうかがい知れます。

qianchong.hatenablog.com

「楽」は当時の日本人が、古典や文献や、わずかに伝わってきていたであろう中国大陸の芸能に関する情報から「彼の地の舞楽とはこういうものであろうか」と想像を膨らませて創り出したものなのでしょう。大きな流れとしては「中之舞」や「序之舞」、「神楽」(の五段)と同じような動きですが、上記の事典にもある通り、やたらたくさん足拍子がふまれます。

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もうひとつ特徴的なのが笛(能管)で奏でられるメロディで、お稽古の段階ではこのような「譜」に記された、笛の音を模した「唱歌(しょうが)」を覚えつつ、動きや足拍子のタイミングを覚えていきます。このメロディがなんとも「大陸的」で、私は特に魅了されています。

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「楽」は最初非常にゆっくりと始まり、だんだんテンポが上がって最後はかなりの速さになります。その最後の方は「ヒヒュールーイヒャーロルラー」と「ヲヒャーイトヒュヤーヲヒャーロルラー」が何度も繰り返される。私にはこれが、滔々と流れる大河の前に佇んでいるように感じられるのです。

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あるいは、初めて中国大陸を旅したときに圧倒された、大通りを次から次に横切っていく自転車の大群のようにも。今ではもう想像もできないですが、昔中国は「自転車大国」と呼ばれ、大通りはまるで自転車の大河のようでした。通りの向こうから大量の自転車に乗った人々が向かって来て、通りの向こうに消えていく、それが一日中続いている……というのが個人的な中国の「原風景」です。

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历史沧桑 上世纪70-90年代北京城市道路_汽车频道_凤凰网

能楽を創り出した当時の人々がどんなイメージを「楽」に託したのかは分かりませんが、何となく異国情緒ただようリズムと旋律が淡々と刻まれていく……それが「楽」のような気がします。

「楽」が入った舞囃子には「楊貴妃」や「邯鄲」、あるいは「白楽天」などがあるそう。中国語や中国の古典好きにはたまりません。いずれも難度が高くて今の私にはまだ手が届きませんが、まあこれは老後の楽しみにとっておいて、まずは「楽」を身体に染み込むまでこつこつとお稽古しようと思います。