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「ニセ華人」の怪しい中国語

中国語は巨大なために、地域によって実に多種多様な側面を持っている言語です。いわゆる「標準語」と呼ばれる北京語(普通話/國語/台灣華語)ひとつとっても、様々な語彙、発音、統語法の細部に地方ごとの特色があります。こういう差異って、地域ナショナリズムを発揮したがる方とか、学術的無謬性を追求したがる方に語らせると実にややこしい事態に突入するのですが、一介の中国語好きとしてはその辺りは「スルー」させていただき、その細々とした差異そのものを「全部取り」で楽しんでしまいたいと思っています。

私は最初東京で中国語を学び始め、中国の北方(北の地方)に留学しました。日本の中国語教育はほぼ北方一辺倒であるため、私が習い覚えた中国語も北方の特徴が色濃く出ていています。一番特徴的なのは「兒化音(儿化音)」と呼ばれる、音節の末尾で舌をそり上げたような音です。「少し」を表す「一點」や「有點」が「一點兒」「有點兒」、「子供」を表す「小孩」が「小孩兒」といった感じ。それでも生粋の北方出身者からは「あんたの中国語は南方人っぽい」と言われていました。

その後台湾で働くようになって、最初のうちこの「兒化音」を伴った中国語を話していると、同僚から「北京腔(北京訛り)」だと言われました。北京や天津では「南方人っぽい」と言われ、南方にあたる台湾では「北方人っぽい」と言われるわけです。もっとも、台湾で働く期間が長くなるにつれ、私の中国語からは次第に「兒化音」が消え、北方の中国語に特徴的な「捲舌音(そり舌音)」のコントラストも弱まり、今では大先輩の通訳者さんに「君の中国語は南方訛りだね」と言われるまでになりました。

ところでここ数年、台湾を旅行していると、現地の方から「あんた、香港人?」と言われることが多いことに気づきました。こやつの風体は日本人っぽいが、中国語を話しているところからみると日本人ではなさそうだけれども、中国大陸北方の中国人では絶対にないし、かといって台湾や中国の南方のネイティブでもなさそうだ、たぶん広東語が母語で北京語はそれほど得意でない香港人であろう……とまあそんな結論に落ち着くようです。

もっとも、香港に行ったときは「北方人っぽい」と言われましたし、同じ中国語圏のシンガポールに行ったときは「タイ人」だと言われました。わははは、みなさん「うちの地元民ではない」という一点だけで、けっこうテキトーなことをおっしゃってるんですね。これからも来歴不明の怪しい「ニセ華人」として、中国語圏を旅しようと思います。