インタプリタかなくぎ流

“Might come in handy one day.”

語学をもっと欲張ればいいのに

日本語を学んでいる、あるいは日本語と英語や中国語との通訳や翻訳を学んでいる留学生から、ときどきこんな相談というか、要求が聞かれます。

学校で教わる日本語はすごく「きっちり」してるけど、日本人の友達とかバイト先の日本人はそんな日本語を話してません。もっと「実用的」な日本語を勉強したいです。

これ、先日のエントリで「この中国語はおかしい。普段の生活でこんなことは言わない」と言っていた華人留学生と似た視点ですよね。教材や教科書に出てくる文章は堅すぎて実用的ではない、あるいは不自然だと。たしかに、外語を学ぶ際の教材にはそういう文章が満載です。

英語を学んでいるときだって、私が語学アプリの例文(ちなみに私の英語はほとんど中学一年生か二年生レベルです)を友人に紹介したら、「どんなシチュエーションだよ。いつ使うんだよ、そんな文」と言われたことがあります。つまり、例えば“Where do you go every day? ーWe go to school.”みたいな文ですね。

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ただですね、外語を、たとえば一回限りの旅行でその国に行って簡単な挨拶や買い物の会話くらいができればいい、別にその言語をマスターしようとは思わないし、その国や地域にももう一生行かない……くらいの「ノリ」であるならまだしも、きちんとその言語を学んで、できれば仕事で使いたいと思っているのであれば(くだんの留学生もそうです)、基礎段階は生硬な例文もつべこべ言わず素直に受け入れるのが吉なんじゃないかなと。

以前にも引用したことがありますが、ロシアの心理学者ヴィゴツキーは『思考と言語』でこう論じています。

子どもは学校で外国語を、母語とはまったくちがったしかたで習得する。外国語の習得は、母語の発達とは正反対の道をたどって進むということもできよう。子どもは、母語の習得を決してアルファベットの学習や読み書きから、文の意識的・意図的構成から、単語のコトバによる定義や文法の学習からはじめはしない。だが、外国語の学習は、たいていこれらのものからはじまるのである。


子どもは母語を無自覚的・無意識的に習得するが、外国語の習得は自覚と意図からはじまる。それゆえ、母語の発達は下から上へと進むのにたいし、外国語の発達は上から下へと進むということができる。母語のばあいは、言語の初歩的な低次の特性がさきに発生し、その後に言語の音声的構造やその文法形式の自覚ならびに言語の随意的構成と結びついた複雑な形式が発達する。外国語のばあいは、さきに自覚や意図と結びついた言語の高次の複雑な特性が発達し、その後に自分のでない言語の自然発生的な、自由な利用と結びついたより初歩的な特性が発生する。


(第六章、改行と太字は引用者)

外語の発達段階は母語とは真逆で、まずはフォーマルな言い方を学ぶべきなんですね。フォーマル・正式を知っているからこそ省略やくだけた言い方にも応用が利くのです。

それでも世の「語学の達人」と呼ばれる方の中には「習うより慣れろ」とか「文法より流暢さ」とおっしゃる方は多いです。そしてその真意や背景をじゅうぶんに理解することなく「そうだそうだ、実際の会話で文法規則なんていちいち気にしてない。もっと『使える』、『リアルな』言い方を教えてくれ、聴かせてくれ」とその尻馬に乗っかる初学者もまた多いのです。例えば先日タイムラインに流れてきた、こちらのツイート。

松井博氏はまさに「語学の達人」で、私はご著書も読んだことがありますし、氏が主宰されている英語学校「ブライチャー」の説明会にも参加したことがあります。決して語学を「ちゃちゃっと、手っ取り早く」学んじゃえというような学校ではなく、本気で英語を習得したい人向けの「硬派」な教育方針だと感じました(ただし、ダラダラやらず短期間で効果を上げることにはこだわってらっしゃる)。けれど、このツイートだけ読んで「そうだそうだ、文法なんてやっても無駄だ」と浅薄な理解をする方が続出するんじゃないかと、少々危うい印象を持ちました。

語学の学習目的は人によって様々で、仕事のために「手っ取り早く」喋れるようになりたい(ならなければならない)という方もいれば、上記のように「旅行時にちょこっと使えれば充分」という方もいます。それは人それぞれでよいのですが、私が担当している留学生のみなさんは、わざわざ日本に二年間、あるいはそれ以上の期間をかけて留学しています。そこまでの時間とお金をかけて語学をやるんだったら、やっぱり欲張って「王道」を歩んでもらいたいと私は思います。

そして、語学の初中級段階はともかく、通訳の訓練などをする段階になったら、どんなに生硬な発言や自分にとっては不自然な表現でも「面白えじゃねえか、よ〜し訳してやる!」という意気込みを期待したい……というのが私のホンネです。だいたい好きな言語ならなおのこと、あれもこれも全部取りしたい! と欲張るはずなのに、そしてそれが可能な留学生活なのに、なぜかみなさん効率とか手っ取り早くとか、そっちの方向ばかり追求されるんですよね。どうせなら「野菜マシマシの全部乗せ」にすりゃいいじゃないですか。あ、私はもう胃もたれするので遠慮しときますけど。

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https://www.irasutoya.com/2016/04/blog-post_79.html

華人留学生のみなさんには「せっかく留学しているんだから華人同士でも日本語で話せば? そのほうが『クール』じゃない?」といつも言っているのですが、実行する方はほとんどいません。これも私のホンネを言わせてもらえば、そんなんで日本語をマスターしようなんて、“想得太美了(考えが甘すぎる)”です。

あとこれは私が「語学M体質」とでもいうべき人間だからかも知れませんが、かつて通訳案内士試験を受ける際に教師から分厚い単語集を指定され、全て覚えるように言われて「すごく興奮した」んですよね。成語や慣用句や諺も「こんなの使うか?」的なものまで丸暗記。そういうのって……え?楽しくない?

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