インタプリタかなくぎ流

“Might come in handy one day.”

中壮年に至ってキャリアを捨てるすごさ

何週間か前、大江千里氏のこの記事を読みました。

toyokeizai.net

大江氏といえば、私たちの世代にはその高いキーの歌声でお馴染みの深いポップ・ミュージックのアーティスト。その氏がそれまでのキャリアを捨ててジャズに転向したことは知っていましたが、その後の展開はほとんど知りませんでした。

というわけで、この記事を読んですぐ『ブルックリンでジャズを耕す』と、その前に出た『9番目の音を探して』を買い、通読。以前読んだ『LIFE SHIFT』と合わせ、今の仕事を続けるのか、セカンドライフをどうするか、自分はどうしたいのか……などなどを考えさせられました。


9番目の音を探して 47歳からのニューヨークジャズ留学


ブルックリンでジャズを耕す 52歳から始めるひとりビジネス

ジャズミュージシャンとして再出発した後の「ひとりビジネス」を描いた『ブルックリンで…』も興味深かったけれど、47歳で音楽学校に入り直し、完膚なきまでに叩きのめされながら這い上がっていく『9番目の…』のほうがより示唆に富んでいました。中壮年に至って、積み上げてきたキャリアを一旦捨て去るそのすごさといったら。

『9番目の…』は26文字×22行の2段組み、約360ページにわたって40万字余りがびっしり。最初はちょっとたじろぎましたが、それまでの経験も経歴も名声もプライドもかなぐり捨ててジャズを学び直すプロセスは、大いに勇気づけられます。そりゃあの大江千里氏だからなどと言わず、虚心に傾聴したいところです。

比べるのもおこがましいですが、自分も気がつけばこの「業界」で山あり谷ありの中20年以上働いてきました。孔子は50歳で天命を知った(五十知天命)そうですが、私は天命どころか今の仕事だってまったく究めていないし、大先輩から見ればまだまだ駆け出しです。

それでも最近は「このままでいいのかな」とよく考えます。仕事に明け暮れるなか、人とのつきあいだってほぼ業界内限定ですし。そんな思いもあって、最近はこれまで出ていかなかったような場所へ積極的に出て行こうとしています。

特に「先生」などと呼ばれる立場が長くなるのはよくないと思います。むかし、その著作をあらかた読むほど好きだった故・松下竜一氏は、ご自分のことを「センセ」と呼んでいました。「先生と呼ばれるほどのバカでなし」。卑下と自虐と、ちょっぴりの風刺や批判も込めた氏一流の諧謔だったと記憶しています。

最初はどうにも馴染めなかった「先生」にいつの間にか馴染み、居心地いい場所で何となくリタイアまでの道程が見えて……なんて一種の退廃ですよね。中年や壮年に至ってなおこの「青さ」はイタい? いや、大江千里氏の『9番目の音を探して』を読むと、その青さが今こそ必要だと思えるのでした。

上記の記事で、大江氏は「悔いや迷いはいっさいない?」という問いにこう答えています。

もし僕が二十歳だったら、迷いはあったと思います。だって、「あれもできる、これもできる」って残酷なくらい選択肢があるから。

なるほど、中年や壮年に至って選択肢が多くないからこそ決断できるというこの「逆説」は面白いと思いました。