インタプリタかなくぎ流

“Might come in handy one day.”

暮らしの「ゆるい」心地よさを求めて

一昨日、「SUSONO(すその)」のトークイベントに参加してきました。今回のテーマは「住む」。作家・ジャーナリストの佐々木俊尚氏と、雑誌『Casa BRUTUS』編集長の松原亨氏の対談がメインのイベントです。

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susono.life

ハードとしての「家」からソフトとしての「暮らし方」、さらにはITやデザイン、音楽など、話題は多岐にわたって大変面白かったのですが、日本人の住まいや暮らし方、さらには生き方に対するマインドがこの20年ほどの間に変化してきたというお話が特に興味深かったです。

変わる「節目」はどこだったか。それはやはり2008年のリーマンショックと、2011年の震災・原発事故だというのが松原氏の見立てです。このあたりから『Casa BRUTUS』読者のマインドが変化したと感じた松原氏は、その頃編集長に就任したこともあって、編集方針を大きく変えたそう。それはまず「家の外から中へ(年に一度行う住宅特集の表紙も、家の外観から家の中へと変化しました)」、そして「モノを売る」視点から「暮らしのスタイルを売る」視点へ。

確かに以前の日本人は家の中にはあまりお金をかけず(居間に蛍光灯ひとつで照明器具は完結、とか)、その一方で自動車や洋服など人に見える部分によりお金を使っていました。ところが、2018年の今ではまず洋服が売れなくなった。ブランドを追い求めるより、安くて着心地がよくてシンプルなもので十分じゃないかと。

食事も「高級フレンチなどの外食」より「うちごはん」がより魅力的なものとして注目され、家族や親しい人が集まってわいわい楽しみながら料理を作り、食べることができる「アイランド型キッチン」が人気に。家は「新築信仰」いまだ健在ながらも、リノベーション物件も人気になり、さらに一国一城の主的な「マイホーム信仰」よりシェアハウスやシェアコミュニティや、さらには複数の拠点を移動しながらの住み方を模索する人も。

対談では、こうしたマインドの変化を象徴的に捉える言葉として「明るいナショナルから陰影礼賛」へという切り出し方がされていましたが、この表現、個人的にはとてもしっくり来ます。

これに関して、ここ数年の「シンプル」や「ミニマリズム」が究極まで行きつくと、今度は反動で暖かみや複雑さ、ゴチャゴチャ感、落ち着きたい、ひっそり暮らしたい、という感覚が愛されるようになったという視点も面白いと思いました。そういえば「ヒュッゲ」も静かなブームになっていますね。何というのか、暮らしの中に「ゆるさ」とか「隙」とか「完璧でないことの温もり」みたいなものを欲するようになったということかな。

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音楽の聴き方にしても、カセットからCD、ストリーミングとどんどん見えなくなり簡便になってきた流れの中で、デジタルネイティブ若い人たちは逆にカセットやLPレコードのようにリアルで「めんどくさい手順」が面白い、愛おしいと思うようになってきたというのも、通底するマインドは同じではないかと思います。

なにより全員がそのブームに乗っかるという時代から、それぞれがそれぞれの「小確幸」を求めて、暮らし方も多様性とロングテールの時代へ入った(これはこの先も何度も振り子のように双方からの揺り戻しがあるのかもしれませんが)ということですね。かくいう私も、つい最近までは「ミニマリズム」に憧れて、破竹の勢いで家の中を「断捨離」してきたんですけど、最近「ちょっと待てよ」と思うようになりました。

佐々木氏がおっしゃっていた「効率化社会の中で、あえて効率で考えない人たちが増えてきた」という総括は肯けるものがあります。

「こんな家に住みたい!」をテーマに参加者で話し合うワークショップや懇親会もあったんですけど、こちらは少々時間が足りず、参加者がかなり多かったこともあって、そこまで深い話し合いにはなりませんでした。でもまあ「SUSONO」のコンセプトは「ゆるやかにつながる」ですから、これくらいがちょうどいいのかも知れません。