インタプリタかなくぎ流

“Might come in handy one day.”

義父と暮らせば18:最終回

今日はお義父さんの四十九日と納骨でした。亡くなったのは昨年の九月でしたから、本来なら昨年のうちに済ませておくべきだったのですが、喪主である細君の入院などもあって、のびのびになっていたのです。

近しい親戚も参列して、お坊さんにお経をあげてもらい、卒塔婆を立てて、先にお義母さんが眠っているお墓に入りました。これでまあお義父さんもようやく成仏していただけたかしら。

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……などと、「しおらしい」ことを書き綴っている私ですが、正直言ってこうした宗教的行事に特別な思い入れがあるわけではありません。というか、私自身は、死んだら葬儀も墓も不要だと考えているような人間です。加えて、私にはいわゆる「霊感」みたいなものも全くありません。ですから、まあ細君が大病をしたことでもあるし、四十九日や納骨はそのうちでいいんじゃないかな、かんべんしてくださいなお義父さん、くらいに思っていたのです。

それでも今回、四十九日と納骨のためのお経をあげてもらって、お骨が収まるべき所に収まったのを見届けたら、なんだか気持ちがすっきりしました。この唯物的な自分にもそういう感覚がまともにあったんだ、とちょっと意外でもありました。

振り返ってみれば、今日まですっきりしていなかったのは、やはりどこかで、お義父さんが細君を連れて行こうとしているような気がしていたからだと思います。

お義父さんが亡くなったのは九月の中旬。その後喪主になった細君が葬儀を取り仕切り、死亡後の手続きのあれこれに奔走している中で十月の初旬、くも膜下出血に襲われました。単なる偶然ではありますが、私はこれ、ああ、お義父さんが細君を連れて行こうとしているのかもな、と思いました。

お義父さんは生前「子離れ」ができていませんでした。私たち夫婦は結婚後、一時期を除いてお義父さんとは別々に暮らしていましたが、お義父さんは常に、細君に対して毎日電話をかけるよう求めていました。ほんの数分程度の電話ですが、その日を平穏に過ごして、無事に帰宅したことを報告させるのです。

夕刻になっても電話をかけないでいると、逆にお義父さんからかかってきます。たまさか細君が残業で遅くなった日など、細君の携帯だけでなく私の携帯にもよくかかって来ました。「圭君、あいつは今どこにいるんだ」と。細君によると、結婚前は職場にまでかかって来たこともあったそうです。

いくつになっても一人娘である細君のことが心配で仕方がないのかなとも思いましたが、細君の見立てはこうでした。「違う。あの人はね、自分が安心したいだけ。自分が気分良く一日を終えたいがゆえに電話を求めてるわけ」。……それって、いわゆる「毒親」の思考パターンではありませんか。

そんなこともあって、天に召されてなお、娘を連れて行こうとしても不思議はないなとおもったわけです。

細君が緊急入院したその朝、すでに出勤していた私の携帯に救急隊から留守番電話のメッセージが入ったんですけど、全く同時刻に間違い電話の留守番電話のメッセージも入っていたんですよね。普段電話など滅多にかかってこない私の携帯に、よりによってその日の朝だけ、まるでこちらを攪乱するかのように。これも成仏しきれていなかったお義父さんの、冥界からの「さしがね」だったのかもしれません。

でも今日の法要で、ようやくお義父さんも成仏できたことでしょう。これから先は、天国でお義母さんと仲良くなさってください。細君はもう少しこちらで過ごすことになると思います。

 四十九日と納骨の法要では、お坊さんが短い説法をしてくださいました。「法要や供養というものは故人のためではあるけれど、実は現世にいる私たちのためでもある。仏教には『回向(えこう)』という考え方があるが、これは他人のためにと思ってやることも、実は回り回って自分のためでもあるということだ」。

なるほど。自らは葬儀も墓所も供養も要らないと思いつつ、お義父さんのために供養をして安堵感に包まれたのもまた回向ということなんでしょう。