インタプリタかなくぎ流

“Might come in handy one day.”

不義理を働くことを恐れない

うちは正月だからって特に初詣などには行かないんですけど、近くに「招き猫」で有名な豪徳寺があって、去年買った猫さんを奉納して新しい猫さんを迎えるために参拝してきました。
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義父の死をきっかけに、今年からは年賀状を一切出さないことにしました。やってみて分かりましたが、年末に年賀状の心配をしなくていい、年始に年賀状の返事などに心を煩わせなくていいというのが、どんなに気持ちを楽にしてくれることか。多少は予想していたことではありますが、ここまで爽快感というか解放感があるとは改めて驚きました。

くわえて、帰省もやめました。私の両親は九州で健在で、かなりの高齢になってきたので心配ではあるんですけれども、ふだん電話で話していることですし、Twitterでフォローしているミゾイキクコ氏(@kikutomatu)の主張におおいに首肯するところがあったので、帰省「せねば」という圧力を自分にかけるのはやめにしたのです。これも、正直大きな解放感がありました。
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Twitterといえばこの時期、田舎に帰省して親戚の集まりに出るのがつらいという「つぶやき」が数多くタイムラインに流れてきます。帰農を目指して都会から田舎へ移住したものの、閉鎖的な村社会での「村八分」にあえいでいるという記事も流れてきました。
news.livedoor.com

これもタイムラインに流れてきた記事。本当にヒドイです。
note.mu

私の実家は農村ではないし、私の両親や親戚はけっこう開明的というか、この記事にあるような暴言を吐く人はいません。それでもふだん生活を一緒にしておらず、気候も風土も価値観も世界観も異なる社会に生きているお互いが、単に盆や正月だからって一堂に会して話をすれば、多分に齟齬が生まれることは想像に難くないわけでして。

テレビなどには相も変わらずこの時期の家族団欒を至上の価値として尊ぶ空気が充満していますが、もうそこはそれ、ITがこんだけ発達した現代なんだもの、ITを駆使してつながりたいと思うところだけはつながって、それ以外は自分の気持ち本位ですっきり断捨離、ないしは不義理を働いちゃっていいと思います。もう2018年なんだもの。