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インタプリタかなくぎ流

“Might come in handy one day.”

「エロ」くて「オヤジギャグ」な古典

夏の「研修会」でいくつか仕舞の地謡を仰せつかったので、謡をせっせと覚えています。iPodに入れた謡をエンドレスで聞きながら詞章や拍子や節を身体に覚え込ませるんですけど、基本は学生時代に最も苦手としていた「古文」の世界ですから、なかなか身体に入ってきません。

私がお稽古に通っている社中では、本番は「無本」(謡本を見ないで謡う)が不文律になっていて、先輩諸氏はみんな無本で謡われるものですから、私一人がアンチョコ的に見るわけにも行かず、必死で覚えています。

ただ、謡を聞いているだけでは埒があかないので、詞章を一度書き出してみて、その意味するところを情景として思い描きながら覚えて行きます。人によると思いますが、私は目の前にビジュアルな情景が広がっていると比較的簡単に覚えられるような気がしています。マンガに慣れ親しんで育ってきた世代だからかもしれません。

今日は『三輪』という曲を覚えていたのですが、まずは「the 能.com」の解説を読みました。ここは能楽に関するありとあらゆるコンテンツが集められていて、主な曲(演目)の詞章を現代語訳と英語訳で読むことができます。

三輪』の仕舞は、こんなふうに始まります。

されども此の人/夜は来れども晝(昼)見えず
或る夜の睦言に/御身如何なる故に因り/かく年月を送る身の
晝をば何と鳥羽玉(うばたま)の/夜ならで通い給はぬは/いと不審多き事なり
唯同じくは長(とこしな)へに/契(ちぎり)を籠むべしとありしかば

「うばたまの(ぬばたまの)」って「夜」にかかる枕詞でしたっけ、とか遠い学生時代の記憶がわずかによみがえってきますが、何だかよく分かりません。現代語訳はこうです。

しかしこの方(男)は、夜には通ってくるけれど、昼には来ない。
そこで女は、ある夜の睦言に「あなたはこんなに長い年月を送っているのに、
なぜか昼を嫌がり、 夜しか通って来られないのは、まったく不審なことです。
ただ夜も昼も同じように ずっと一緒にいたいのです」と語った。

おお、通い婚ですね、通い婚ですね! 睦言(むつごと)って、要するにピロートークですね。……こんなことを書いていると師匠に思いっきり怒られそうですが、いきなり「そういうハナシ」というのがすごいですよね。伝統芸能はともすればお上品で高尚なものと敬遠されがちですが、実はそこに描かれているのは、ときに現代と変わらぬ人間の様々な営みなわけでして、それがまた面白いんですね。

そして、こんなストーリーを、地謡というコーラスをバックに伝統的な型でもって舞うわけです。極めて真面目に。私だけかもしれませんけど、こういう秘めたギャップというか落差というかコントラストに、たまらぬ魅力を感じます。

ともあれ、女性は男性の行動を「不審」に思ったと。問い詰められた男性は、こう答えます。

彼の人答え云うやう/げにも姿は羽束師(はづかし)の/洩りてよそにや知られなん
今より後は通うまじ/契も今宵ばかりなりと/懇ろに語れば

すると男は答えて「まったく私の姿は恥ずかしいものだが、それが世の中にもれて知られてしまうのではないか。これから後は通うのをやめよう、愛を交わすのも今宵限りだ」としみじみと語った。

なんだか怪しくて、それにちょっと「エロい」ですよね。こんなことを書くとさらに師匠から怒られそうですが、私、高校生の時分から古文の授業って「エロとオヤジギャグのてんこ盛り」だと思っていました。出てくる話のおおかたが愛だの恋だので、この人達はいつ働いてるんだろうと思うくらい色恋にひた走っていて、何かというと契っちゃうし、契れないと寂しいからってんで艶っぽい歌をやりとりしては悲嘆に暮れたりしてるし、いや、多感な高校生にはちょいと危険ですよ。

加えて、かけことばが重層的に積み上がるさまは要するにダジャレの連続。能の詞章にもかけことばがふんだんに使われています。日本人はこういうのが大好きなんでしょうかね*1コクヨ「たのめーる」のCMはこういう所に源流があるのだと思います。


たのめーるCM集 5連発 - YouTube

で、「今宵限り」と言われた女性は、こんな策に打って出ます。

さすが別れの悲しさに/帰る処を知らんとて
苧環(おだまき)に針を附け/裳裾(もすそ)にこれを綴じ附けて
後を控えて慕い行く

さすがに別れは悲しく、女は男が帰っていくところを知ろうと思い、苧環(糸を巻いたもの)に針をつけ、男の着物の裾に縫い付けた。そして、糸が伸びていった先を尋ねて追いかけた。

このストーカー的執念、怖すぎます。伊藤理佐氏の『おるちゅばんエビちゅ』に出てくる「浮気発見機」と全く同じ発想ですね。というか、伊藤氏はこの『三輪』のお話をご存じだったのかもしれません。
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ぱあふぇくと版 おるちゅばんエビちゅ : 9 (アクションコミックス)

で、追跡していった先で、件の男性は実は神様だったということになって、お話は一気に幻想的で神話的な展開になっていくんですけど。

ともあれ、以上のような作業で取っつきにくい詞章が一気に強烈なビジュアルを帯びてくれたので、何とか覚えてしまえそうです。こんな覚え方でごめんなさい。師匠と世阿弥*2にお詫び申し上げます。

*1:日本人だけじゃないですね。中国語にも「歇後語」みたいなのがあるし、人間は、言葉の音が思いがけないところで偶然に一致することに、何かえも言われぬ快感を覚えるもののようです。

*2:作者不詳ですが、一説に世阿弥作と言われているそうです。