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インタプリタかなくぎ流

“Might come in handy one day.”

国に棄てられた人々

昨日、都内の某大学で、台湾の近現代史に関する簡単なレクチャーを行ってきました。

レクチャーといっても私は台湾近現代史の専門家でも何でもないんですけど、仕事などでその地域に関わっている社会人を講師に招いて話させるという連続講座のひとつということで、私を呼んでくださったのです。毎回の講座ではその地域や歴史に関するドキュメンタリー映画を見ながら話をするというのがひとつのパターンだそうで、私は酒井充子監督の『台湾アイデンティティー』を選びました。


『台湾アイデンティティー』予告編 - YouTube

まず最初に、清朝の時代から日本統治時代、戦後の国民党政府による支配あたりまでをざっくりと説明。これ、全てを網羅しようとか、学術的な無謬性を追求しようなどとすればキリがないし、ましてや専門家でもない私の手に負えるものでもないので、本当にざっくりと。特に、それぞれの時代背景に応じて様々な人たちが台湾にやってきたこと、それ以前からこの土地にいた「原住民」がいたこと、それぞれの人たちの文化、とりわけ言語が様々に入り交じっていること……をポイントにしました。

私たち日本人は、この土地にほぼひとつの民族が、ほぼひとつの言語でもって暮らせてきたわけで、世界的に見ればこれはかなり特異なケースだと思います。だから、例えば台湾のような複雑な民族的・言語的背景を抱えた社会に対してなかなか想像力が働かないんですよね。というわけで、これから社会に出て仕事をしようとしている学生さんが、そういう想像力を働かせながら世界を見てくれたらいいなと思いながら話をしました。

台湾の言語環境について、台湾に住んでいた時にその複雑さを最も身近に感じたのは電車のアナウンスでした。そこでこういう音声を聞いてもらいました。台湾の鉄道では、一般に國語(北京語)、台湾語客家語、英語、場所によっては更に少数民族の言語でもアナウンスが行われます。


台湾の車内放送- YouTube

『台湾アイデンティティー』以外にも、いくつかの映画のトレーラーを見てもらいました。日本統治時代については、『KANO』と『セデック・バレ』を。嘉義農林高校が甲子園で準優勝したのが1931年、台湾統治時代最大の抗日暴動事件である霧社事件が起こったのは1930年。この対照的な映画はほぼ同時代の物語なんですね。


《KANO》六分鐘故事預告- YouTube


『セデック・バレ』予告編 - YouTube

日本が敗戦を迎え、台湾から引き揚げた1945年については『海角七號』を。こうなると、ほとんど監督でありプロデューサーでもある魏徳聖氏の特集ですね。


【台湾映画】『海角七号/君想う、国境の南』日本上映(公開)予告PV - YouTube

でもって、日本人の代わりに大陸からやって来た外省人と、日本統治時代から台湾にいた本省人との抗争である二二八事件を描いた『悲情城市』も紹介しようと準備だけはしていたんですけど、こちらは時間の都合もあって泣く泣くカットしました。それにこの映画、「つまみ食い」する程度だとほとんど何が何だか分からないと思いますし。


悲情城市- YouTube

レクチャーと映画鑑賞が終わった後で、私を呼んでくださった大学の先生が補足の説明をしてくださいました。特に『台湾アイデンティティー』に出てくる、日本統治時代に日本人として教育を受けた世代のお年寄りが発した「日本に棄てられた」「日本人になりたかったけど、なれなかった」という言葉について。

台湾には、日本に棄てられたという思いの人がたくさんいるということ。でもそれは、あの時代の特異な出来事と片づけてしまえるものではなく、現代に生きる私たちにも起こりうる、あるいは既に起こりつつあるのではないかということ。例えば原発事故によって故郷を棄てざるを得なかった福島の人たちに対する政府の対応。さらには格差が広がる中で、ワーキングプアとして棄てられていく若い世代の一部……。

国に棄てられるなんて、今を生きる自分には全く関係のない話で、自らに降りかかってはこないと考えるかもしれないけど、本当にそうかな……と先生は学生さんたちに問いかけていて、へええ、私の拙いレクチャーからここまで引っ張ってこられるなんてすごい、と感嘆しつつ大学をあとにしました。