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インタプリタかなくぎ流

“Might come in handy one day.”

義父と暮らせば7

くらし

部屋にエアコンを入れました。

これまで小さな電気ストーブで暖を取ってきたんですけど、築半世紀のこの古い家ではさすがに厳冬期は辛くて、ついに我慢ができず「価格.com」で最安値のをポチッと。電気工事は近所のおなじみさんにお願いしました。

あああ、快適。電気をじゃんじゃん使うのは若干の後ろめたさも感じるので、いっそのこと昔使ってた火鉢にしようかとも思ったんですけど、深夜や早朝はやはりエアコンが最強。古い家は壁や天井に断熱材など入っておらず、外の寒さが直接伝わってくる感じなんです。特に外壁と繋がってる押し入れなんか開けると、ほとんど冷蔵庫という感じ。こんなに寒い冬は、部屋の中でコップの水に氷が張った学生時代の下宿以来です。若いときはサバイバルできましたが、アラフィフには辛いです。

寝室と私の仕事部屋のそれぞれにエアコンを入れ、ブレーカーが落ちないよう新たに配線工事もしたので、かなりの臨時出費になりました。日中関係が冷え込んで業界が超氷河期を迎えているこの時期、この出費は痛いわ〜。細君は「何でじいさん(注:お義父さん)が出してくれないのよ!」と怒っていますが、まあ我々の居住空間ですからね。

「でもさ、炊事・洗濯・掃除から、日常の細々したことまで全部私たちがやってあげてるんだよ? 少しくらい感謝してもバチは当たらないっての」

まあそうね。でも同居していることで家賃はかからないわけだし、お義父さんとしては、じゅうぶん恩恵は与えてやってるだろうということなんじゃないの。

「それに、毎月光熱費を請求してくるのが信じられない。頭数で割って三分の二を寄こせと言ってくるじゃない。日用品だって全部私たちが買ってるんだからね」

まあそうね。その辺はまあ、親しき仲にも礼儀ありというか、お互い大人の付き合いしましょという、お義父さんのスタンスなんじゃないの。

とはいえ細君にとっては実の父親だから、よけいそのドライなところに腹が立つようで「もう、要介護になっても面倒なんて見てやんない!」とか、ときどき毒を吐いてます。なんか「大手小町」みたいなハナシになってきましたが。

同世代の友人・知人で、やはり親の介護でてんてこ舞いしている人たちの話を聞くと、程度の差はあれみなさん「できるだけのことをしてあげよう」という気持ちと「もう面倒なんてみてやらない!」という気持ちとの間で、そのときどきに、いろいろなグラデーションを呈しているようですね。

こないだ友人からもらったメールには、こんなことが書かれてありました。

うちの母も認知症で、今はもう私のこともわからなくなっていますが、やはり通常の生活は一応送れるけど一人で暮らすにはかなり不安がある、というレベルの時が、一番大変な気がします。本人はわからなくなってきている状況を受け入れたくないという気持ちが強いので、周りが振り回されちゃうんですね。


各御家庭で考え方がだいぶん違うところではありますが、最終的に専門の施設に入ってもらうことを早めに検討しておいたほうがいいような気がします。周りにも認知症の親を抱え、大変な思いをしておられる方が結構いて、みんな最初は家族だからと頑張るんですが、のちのち疲れきってしまうんですね。

うん、うちはまさにこの「レベル」ですね。私が週の半分くらいは在宅ワークしてますから、家事も片付けられるし、育児もないので一般的なケースよりはよほど負担が軽い方だと思います。それでも、一から十までとは行かないまでも、一から七か八くらいまではこまごま気を使ってると、気持ち的に煮詰まってくる瞬間がたまにあります。

それに畢竟「義父」ですから、「できるだけのことをしてあげよう」というモチベーションの維持に、ときどき自信がなくなりそうになることも、正直あるんですよね。お義父さんは昔から亭主関白かつマイペースな人だったそうで、細君は「これだけ面倒見てもらっといて、『ありがとう』とか『すまないね』の一言も全くないんだよね」と日々「disって」います。

もう一人、別の友人からはこんなメールをもらいました。やはり両親を介護で抱えている人です。

長寿ということがまったくめでたくない国に住んでる私たち。今、介護者としてがんばっている世代が介護から解放されたとたん、こんどは被介護者になるのですよ。それも「ボロボロ」の状態で。

う〜ん、長寿がめでたくないというのはシビアで重い表現です。でも確かに後半生が介護→被介護で終わるというのも悲しすぎる。人類史上いまだかつてない規模で、世界でも一番最初に超高齢化社会へ突入しつつある私たちは、長い老いと上手く折り合う習慣や思想やライフスタイルを手探りで見つけていかなくてはならないのかもしれません。

今後、自分の暮らしや仕事や親の状態がどのように変化していくか予想することは困難ですが、そのときどきで最適解を見つけていくしかないんでしょうね。