インタプリタかなくぎ流

“Might come in handy one day.”

今していることをおざなりにして

 数日前、内田樹氏のブログに就活に関するエントリが上がっていました。ご自身もツイッター上で「暴論」と断ってらっしゃるエントリ、togetterにも賛否両論がまとめられています

 「就活なんか、するな。卒業するまでは大学生として大学での活動に全力を尽くし、卒業してから、その先のことは考えなさい」というのが私の年来の主張である。
 今していることをおざなりにして「ここではない場所で、あなたではない他の人たちとする仕事」に前のめりになっているような人間をあなたは重用する気になるか。
 私はならない。
 そんな人間はどこにいっても使い物にならないということを経験的に知っているからである。
内田樹の研究室就活についてのインタビュー

 数年前、担当していた中国人留学生のための通訳クラスに、ひとり出席が「皆勤」の男子生徒がいました。他の留学生はほとんどがアルバイトなどの影響で休んだり遅刻したりが常態のなか、彼は毎日遅刻せずに登校し、病気以外で休んだことは一度もありませんでした。日本語の力はまあお世辞にもあるとは言えなくて、したがって通訳訓練といっても実際は日本語の口語練習に近いものだったんですけど、まじめに勉強しているかいあって、一年間でずいぶん実力は上がったと思います。
 ちょうど今頃だったと思いますけど、留学生が一番浮き足立つこの時期に、彼に声をかけたことがあります。まじめに頑張ってるねって。そうしたら彼は中国語でぼそっと「ここで頑張れなかったら、このあとどこに行っても頑張れないから」とつぶやいてました。う〜ん、素晴らしい。これって、上で内田氏が言っていることと同じですよね。ただまあ、彼がそのセリフを日本語で、もう少し大きな声で言ってくれたらもっと素晴らしかったんだけどね。
 それはさておき。
 いま勤めている学校でも就活の相談に応じることがありますが、学生の多くは就活サイトや学校に来る求人票などを見て履歴書を何社にも送るも、書類審査で落とされるか、面接までこぎつけても最終的に不採用になる……というのを繰り返しているうちに、例外なく厭世的なマインドに落ち込んでいきます。「世の中の誰も私を必要としていないのね」と。そのたびに「どこかに必要とされる場所があるよ」と言うのですが、かつて自分が何度か転職したときにも全く同じようなマインドに落ち込んだことがあるので、学生の気持ちは本当によくわかります。というか、いままた自分自身が就活する羽目になったので、「どこかに必要とされる場所があるよ」は実は自分に言い聞かせている言葉でもあるんですけど。
 とはいえ、その一方で学生に勧めてきたのはできるだけ多方面にアンテナを張ることでした。一つには自分ができること・できるかもしれないことに自分で枠をはめず、多少募集要件にあわない求人にも「だめもと」でどんどん応募してみること、もう一つはできるだけ多くの就活サイトに登録して、入ってくる情報量を増やすこと。でも内田氏はこうも言っています。

 いまの就活は、とにかく狭い市場に学生を押し込もうとする。当然、買い手市場になり、採用する企業はわずかなポストに群がる求職者たちの中から、能力が高く賃金の安い労働者をよりどりみどりで選べる。『キミの代わりはいくらでもいる』という言葉を採用する側が言える。
 これが一番効くんです。
 でも、本当は、若者の手助けを求めている職場はいくらでもあるんです。中小企業もうそうですし、農業林業漁業のような第一次産業、武道でも能楽でも伝統文化も継承者を求めている。
 でも、そういう無数の就職機会があることを就職情報産業は開示しない。そして従業員1000人以上の一部上場企業に就職しないと敗残者であるかのような幻想をふりまいている。

 う〜ん、さすがに大手一部上場企業に就職しなければとまでは言ってきませんでしたが、私も就活サイトの積極利用を勧めてきましたから、似たような価値観でもって学生を追い詰めてきたのかもしれません。
 以前通訳訓練で講演をお願いしたある中国人ジャーナリストは、こう言っていました。「中国語を使える人材は意外に不足しています。特に、きちんとした日本語と中国語の両方を使える人材が。某有名ホテルのような一流企業でも現場で活躍できる人材が払底していて困っていると聞きました」。
 やはり我々のような語学の専門学校が生徒に対して行うべき真の就活指導があるとしたら、それは就活サイトへの積極アクセスではなく、本来の学力(語学力だけじゃなくて、責任ある社会人となるための知識も)向上という目標に向かってより一層力を入れることなんですよね。語学の実力が十分にあれば、つまりきちんと手に職があれば働く場所もあるんです。先日偶然目にして購入した谷本真由美氏のKindle本『ノマドと社畜 〜ポスト3.11の働き方を真剣に考える』にも「手に職」が強調されていて、意を強くした次第。
 ただ語学関係の仕事は経験重視という採用条件が多いので「とにかくどこでもいいから就職して、社会人としてのキャリアを積まなきゃ。話はそれから」という意見も成り立つんですけどね。それでも語学を活かす職業に就くなら、「今していることをおざなり」にせず、在学中に語学力を伸ばせるだけ伸ばしておく方がいいです。語学が必要とする大量の訓練時間は、社会人になったり、家庭を持ったりしたらなかなか割けるものではないですから。