インタプリタかなくぎ流

“Might come in handy one day.”

宇宙に関するあれこれ

 あけましておめでとうございます。いつもと変わらずほとんど「食っちゃ寝」のお正月です。学校の仕事って、学期中は授業が間断なく続いていくので、まとまった休みを取るのはほとんど不可能で、結局お盆とお正月の時だけ世間様より長い休みを頂戴することになります。でもこの時期にたくさん休めても、旅行はハイシーズンだしどこに行っても混んでいるし、あまりメリットがないんですよね。でもまあゆっくり休めることに感謝しつつ……今年は三月で今の仕事を辞めてしまうので、さてこれからどうしようと「食っちゃ寝」しながらも少々身構えるような変な気分でいます(全く緊張感に欠けますが)。
 去年ツイッターで、何のきっかけだったかこんなツイートをしました。

每次工作遇到瓶頸,我都會想像到宇宙的浩瀚無涯。行星的運動、日蝕或月蝕、“好奇號”的火星探測、“隼鳥號”的大航程、参宿四的大爆炸、來自宇宙最深處的中微子……與這些相比,我的煩惱或擔心多麼的微不足道。

 要するに広大無限な宇宙に関するあれこれに思いをはせると、自分が直面している壁なんてほんのちっぽけなものに思えてくる……というような意味なんですけど、まあこれは、いつも自分に言い聞かせている呪文というか、座右の銘というか、そんなものです。パソコンを何時間も見つめてばかりだと目が疲れてどうしようもなくなりますが、そんなときに遠くの風景を眺めたりすると元気回復したりしますが、宇宙に関するあれこれも、まあそんな感じ。
 ……と、Googleのリーダーで読んでいる池田信夫氏のブログに以下のようなエントリがありました。
 宇宙はなぜ存在するのか池田信夫blog part2
 日頃、氏のお説にはとてもじゃないけどついて行けないと思っている私ですし、今回のエントリもそこまで言っちゃったら心の弱い人はペシミズムに直行じゃないかとも感じますが、「宇宙には普遍的な法則が存在するという仮説」を疑うというのは何とも深遠なテーマだと思います。
 現在の宇宙論で一番ホットな話題、ダークマターダークエネルギーひとつとってみても、人類が知り得ている領域はほんのほんの一部であること、にもかかわらずその核心の部分に迫る研究成果がどんどん世に問われているのも現在であるということ。何とわくわくする時代に生きているのかと思います。もちろん、自然科学の探究はいつの時代もわくわくするような最先端であり、こと宇宙に関する限り「もうすぐ解明されそう」というその「もうすぐ」が数十年数百年、あるいはもっと先なのかもしれないんですけど。
 昨年も宇宙に関するいろんな本を読みました。私は基本文系人間で、学生時代も数学や物理が一番の苦手科目でしたけど、地学*1だけはいつも好成績でした。地質とか地震とか気象とか天文とかですね。天文学者になるのが夢だったんですけど、入試で数学が必須なのであきらめたという……。ですが、こんな文系人間でも読める入門書は見つけるたびに片っ端から読んでいます。
 今年もまた、忙しい日常にとてつもなく巨大な非日常を持ち込んでくれる宇宙に関する本をたくさん読みたいと思います。
 とりあえずこれ、予約してきました。
『宇宙になぜ我々が存在するのか』最新素粒子論入門/村山斉・著

*1:今はこういう科目分けしないのかな?