インタプリタかなくぎ流

“Might come in handy one day.”

『フリーズする脳』と『キャリアポルノは人生の無駄だ』

フリーズする脳

この本は脳の「ボケ」という状態を、器質的に脳が損傷を受けて起こる認知症やその他の症状とは明確に区別して、器質的には問題がないのに長期にわたる生活習慣で徐々に「ボケ」を進行させてしまう可能性という観点から解説しています。つまり「ボケ」は一種の生活習慣病であり、高血圧や糖尿病やメタボなどと同じように、生活習慣を改善することで予防ないしは軽減できるということです。

自分自身はまだそんな歳でもないし……と「ボケ」そのものにはあまり興味を引かれず、ただタイトルの「フリーズする脳」から、例えばリスニング中や訳出中に突然頭が真っ白といったような状況をどうとらえるのかな、くらいの軽い興味で読み始めたんですが、いやこれ、すごく面白い本でした。というか、ちょっと怖くなりました。

よくサラリーマンが定年退職したとたんに「ボケ」始めるといった話があります。この本にはそれももちろん含まれていますが、それより衝撃的なのが現役時代に徐々に忍び寄ってくる偏った脳の使い方と、その結果始まる「フリーズする脳」、そして行き着く先の「ボケ」です。

様々な臨床例が紹介されているので、詳しくは同書にあたっていただきたいのですが、個人的に最も危機感を持ったのは「ネット依存症」のケースです。私は宮仕えの時も現在も、ほぼ一日中パソコンに向かって、しかもその多くの時間をネットでの検索や調べ物に費やしていますが、これには実はかなり危うい側面が潜んでいるようで。

かいつまんで言うと、パソコンやネットのリテラシーが上がって、効率的な検索や調べ物のスキルが上がるほど、自分の脳を使って選択・判断・系列化する能力が低下して、思考系の中枢が衰えていく可能性があるようなんですね。検索のスキルが上がるということは自分の脳で選択・判断・系列化する能力も上がるんじゃないのと思うんですけど、むしろ逆で、スキルが上がってより効率的にダイレクトに求める情報を手に入れるようになることで、脳をどんどん使わない方向になっていくと。

これ、こないだセミナーで話した「紙の辞書VS電子辞書」にもつながる話かなと思います。膨大な周辺情報や、求める情報に到るまでの複雑な手続きをすっきりとカットして、情報に最短距離で到達するのが電子辞書の特徴ですけど、その効率を手に入れる代わりに脳に楽をさせているんですね。ピンインを打ち終わらないうちに単語の候補が示されたり、抜けた情報があっても目指す単語にたどり着ける「あいまい検索」や「ワイルドカード検索」など、脳を甘やかす最大の機能でしょう。いや、便利といえば便利なんですけど。

もうひとつ、いわゆる「ネット依存症」についてこんな記述もありました。

ネット依存症の人たちが何をしているかといえば、感情系の快を求めているわけです。趣味の情報だけでなく、仕事でも自分にとってプラスになる情報は快だと考えられます。インターネットはそれがあまりにも簡単に得られる。しかも、周囲の情報を多面的に捉えようとする脳機能は次第にお休みの状態になっていきますから、現実の面倒なことは忘れられている。そこにはまってくると、最初は思考系の活動として始めたことでも、感情系が優位になってやめられなくなってきます。おそらく、ごく簡単に言えば、これがネット依存のメカニズムです。

「周囲の情報を多面的に捉えようとする脳機能は次第にお休みの状態になってい」くというのは、トンネルデザイン的な電子辞書のデメリットとして捉えることもできると思います。

キャリアポルノは人生の無駄だ

「感情系の快」といえば、これも最近読んだ『キャリアポルノは人生の無駄だ』にも似たような記述がありました。著者の谷本真由美氏は、諸外国とは異なって日本の書店の店頭に特徴的にあふれるいわゆる「自己啓発書」を「キャリアポルノ」と称し、次のように語っています。

自己啓発書というのは、目に見えない部分での努力や行動、勉強をすっ飛ばして、読むだけで自分の手に届かないもの、例えばかわいい彼女、素敵な家、もっとやりがいのある仕事、高い給料、楽しい友達などを想像し、自分が求めている欲望を満たすだけの「娯楽」に過ぎないのです。

「キャリアポルノ」の語源には「フードポルノ」があって、おいしそうな食べ物の写真を見ることで欲望を満足させる、何かを成した気になっちゃう…ということだそうです。これ、だらだらとツイッターやフェイスブックやブックマークやニュースサイトを長時間巡回してしまうネット依存症と同じですね。

「仕事の準備を自宅で行う」のがほぼネットでの検索や調べ物に等しい自分も、ついついSNSやその他のサイトに逃避しがちです。宮仕えの時はまだ上司や同僚の目がありますからまだしも、自営業の場合はよほど気をつけていないと非生産的なネット依存に陥り、ひいてはフリーズする脳を招来することになるんだろうなあ……と襟を正したところです。