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インタプリタかなくぎ流

“Might come in handy one day.”

辞書の使い方・選び方セミナー

ことば しごと 中国語を学ぶ

先週都内某所で、中国語辞書の使い方や選び方について話す機会を与えられました。辞書の専門家でもなく、中国語学の専門家ですらない私には荷が重すぎましたが、まあ学習者や仕事をしてきた立場から話してくれればいいということで。予想以上にたくさんの方がいらして、緊張しました。

レジュメを作る段階で紙の辞書と電子辞書、それにネット検索の長所と短所を自分なりに整理しましたが、紙の辞書を手放すことは(当分は)できないなと改めて思いました。当分は、というのは、紙の辞書並みに一覧性やビジュアル性や使い勝手が進化したデバイスが今後出てくるかもと思うからです(後述します)。

紙の辞書の長所

すでにあまたの先人が指摘していますが、紙の辞書の一覧性って、語学学習の特に初期にはとても大切です。一度に目に入る情報量が多いので、紙面で多くの面積を占めている見出し語は重要なんだなとか、それぞれの語彙に対する語感が知らず知らずのうちに育ってくるのです。

ビジュアル性も紙の辞書の長所です。カラー画面の電子辞書もありますが、まだまだ紙にはかないません。紙の辞書は色分けや書体の種類やサイズの違い、それに様々な記号などで多くの情報を伝えています。電子辞書はまだまだこの辺りがかなり貧弱です。

紙の辞書の一覧性でもう一つ見逃せないのが、小口についてるアルファベットの目印。日常的に何度も引くうちに、BやCなどは分厚くて、EやOで始まる言葉は非常に少ないんだなあというようなことに気づきます。引いてる最中にも、このピンインの並びは多いなとか、この並びはあり得ないんだなとか、初学段階で体得すべき語彙の全体像が徐々に染みてくるんですね。

電子辞書は軽量で快速ですけど、ほしい情報に最短距離で到達できるがゆえに、つい周囲のトピックスを読んでしまうとか、類義語・反義語・派生語・文法説明など、自分でも意図しなかった方向からその語彙に関する情報が補完されるとかいうことが起きにくいかなと思います。しかも重要度にかかわらずどの情報も並列で無個性ですし。

もちろん電子辞書だってスクロールすればそういう情報は見られるんですけど、電子辞書のスクロールって案外面倒なんですよね。で、ついつい画面に出ている範囲ですませようとしがちです。一括検索とか例文検索とか履歴とかジャンプとかアップデート性とかワイルドカード検索とか……電子辞書の長所はたくさんあるんですけど、仕事で使うレベルでならまだしも、語学の初中級段階で電子辞書しか使わないのはかなりまずいのではないかと思います。

トンネル・デザイン

プログレッシブ中国語辞典』第二版の巻頭言で、編者氏が「トンネル・デザイン」の危険性を指摘されています。いわく「出発点から目標点に向かってトンネルを掘るような一直線の進み方をしたのでは、その課程で何も学ぶことはできないし、記憶するいとまがないことにも留意しなければなりません。入門・初級段階で身につけなければならない語彙は、本来的には調べて探し出す対象ではないのです」。さらっとすごいことを言っていると思います。初学段階では「分からない言葉がある→辞書を引く」というのは本質ではないと。初学者にとって辞書は、まずは大いにあちこち泳ぎ回ってみるべき大海原みたいなものなんですね。

かくいう私も、長い間紙の辞書と疎遠になっていました。電子辞書やネット検索があまりに便利すぎて。でもあるとき、辞書の例文や文法解説を比較したり、語義の派生ツリー(講談社中日)などを眺めているうちに、ある種の語学の「筋肉」が落ちかかっていることに気づいて、ちょっと怖くなりました。

単なる感覚で、科学的エビデンスはありませんが、畢竟母語ではない言葉の習得において、日常的に紙の辞書を引くことで再確認される語感(例えば単純に上記のような、この見出し語は何段もあって解説も細かいから重要なんだなとか)って、意外に重要なのかもしれません。

それに電子辞書は「曖昧検索」ができるんですが、これがすごく便利なだけに初学者に対しては大きな落とし穴になっていると思います。例えば電子辞書はピンインを入力していくと、最後まで入力し終わらないうちに「これかな?」という候補をどんどん提示してくれますよね。手間が省けて便利ですけど、逆に言えば正確にピンインを覚える妨げになります。さらには「ワイルドカード検索」ができる機種がほとんどですから、ピンインを正確に知らなくたって引けます。もちろんこれ、逆引きなどもできて非常に便利な機能ですが、せめてピンインを習得し、基礎的な文法が一通り終わるまでは手を出さない方がよいと思います。

これからの電子辞書に期待すること

電子辞書は紙に比べて一覧性に欠ける……というのは、画面に出ている部分しか見えない、下位情報を見ようとしてもスクロールが意外に面倒、だからなんですけど、スマホアプリの中日日中辞典(小学館第二版)は、スワイプだからこのストレスが比較的少なく、電子辞書の欠点が一部克服されていると思います。

あとスマホアプリの日中中日辞典は、入力したモード(ピンインとか漢字とか)によって自動的に辞書が切り替わるのが想像以上に便利です。手書き入力もできるし、ジャンプ機能もスタイラスなんかよりずっと速いし、iPadにも入れられます。タブレットなら画面も広いし、今後はアプリを抜本的に改編(新聞アプリみたいに紙面のズームイン・アウトが容易な閲覧画面を追加)して、さらには既存の電子辞書並みにコンテンツが豊富にそろって串刺し検索なんかできたら素晴らしいんだけどなあと夢想しています。つまり紙の辞書と電子辞書のいいとこ取りみたいにするわけです。早晩実現するんじゃないかなと期待しているんですけどね。

紙の辞書を使う際のポイント

紙の辞書を使う際のポイントもお話ししました。何と言っても重要なのは、買ったらすぐに函とカバーを取り去ることです。素っ裸のまま手の届くところに置いておいて、引きたくなったら則引ける、引くときにいささかもストレスを感じないようにする……これが意外に大切で。ほら、台所なんかでも、カバーをかぶってコードがまとめられているフードプロセッサーなんか、結局めんどくさくて使わないなんてこと、ありがちじゃないですか。

それから辞書を授業には絶対持って行かないのも大切。授業では辞書を引けば引くほど授業に身が入りません。引いているときは教師の説明など全く聞いていませんから。いや、これね、教師の立場になってみるとよく分かるんですよ。生徒が辞書引いてるときは私の説明なんか上の空なの。電子辞書を机の前に置いて、その立てたスクリーンの向こう側に身を隠して「当たりませんように、当たりませんように……」と逃げてるんじゃないか、などと思えることさえあるくらいです。

特に会話やリスニングなど中国語の音を最大限肉体化させることが目標の授業で、辞書を引いて日本語の解説を読むのは超不経済です。いつまでも頭が日本語モードのままで、中国語を聴いたり話したりする状態になってくれません。ともあれ、わからない言葉は則教師に質問すればいいので、教室での授業に辞書は不要かなと思います。作文とか翻訳とか、辞書が必要な授業はまた別ですが。

あ、ただ“活字典”の教師に聞く場合、とくにネイティブに聞くときは少々注意が必要です。中国語自体が幅広い言語だから人によって言うことが違うのと(というよりどちらも正しい)、うっかり二人以上のネイティブの前で聞くとその二人がかなりの確率でケンカしちゃうというリスクが。必ず一対一で聞くことと、「あの先生はこう言ってましたが」などとは決して言わないのが吉です。まあ授業ではたいがいお一人ですから、その心配はないですね。

紙の辞書の特徴を電子辞書と比較して紹介したうえで、初中級者向けにとりあえず一冊「紙」を買うとしたらまあ小学館講談社白水社かな、小型辞典ならプログレッシブ東方かな……と話した会の終了後、三省堂の方がご挨拶に見えました。あわわ、ごめんなさい。あ、でも今使っている電子辞書には『超級クラウン』が入ってますと申し上げましたが、後の祭り。たまたま私は使ったことがあまりなくて……でも使ったことがなくて薦めるのも問題ですもんね。