インタプリタかなくぎ流

“Might come in handy one day.”

帰省

  ひさかたぶりで帰省しました。北九州は小倉です。
  小倉は父親が生まれ育った街ですが、私自身はほとんど住んだことがありません。ですから土地勘も薄いし幼なじみもいないので、「里帰り」という実感がほとんどありません。
  毎度のことですが、漆黒の機体がカッコいいスターフライヤーに乗りました。コーヒーとチョコレートだけのシンプルな接待が台湾の国内線を思い出させます。雑誌『GQ』とのコラボとかで、特別編集の機内誌とバーボンの「フォア・ローゼズ」をもらいました。スノッブ君にぴったりの航空会社です。
  帰省したのが大晦日だったからかも知れませんが、小倉の街は思いのほか閑散としていました。石炭産業の斜陽化と鉄鋼不況からこの方、北九州は往年の活気からほど遠くなってしまったと聞かされていましたが、確かにこれは寂しいかも知れません。街一番の商店街、魚町銀天街もシャッターを下ろしている店舗が目立ちます。もっとも、東京の図抜けた賑わいに比べれば、どこの地方都市も同じようなものかも知れませんが。
  父親が、丹過市場で天然物のカキを買ってきてあるというので、それじゃとスパークリングワインを買いに街へ出かけました。
  駅前に伊勢丹があったはずなのですが、地元の百貨店、井筒屋系のショッピングセンターになっていました。伊勢丹は三年で撤退したそうです。小倉は井筒屋ブランドへの信仰が強いんですね。
  井筒屋で安めのスパークリングを仕入れ、一時間ほどかけて家まで歩きました。井筒屋と双璧を成す地元ブランドデパートだった玉屋はなくなって、跡地にNHKや劇場などが入っているらしいどでかいビルが建っていました。かつてNHKがあったあたりにはお向かいにあった小倉北警察署の新しい庁舎が移っていて、その手前、磯粼新設計の市立図書館はそのままでしたが、そのまた手前にあった市民会館が姿を消して、広大な公園に変身していました。ずいぶん風景が変わりましたね。
  ぶらぶら歩いていると、郊外型の大きな本屋さんがありました。何気なく雑誌を眺めていると、おお、『ユリイカ』の今月号は特集が「米原万里」ではありませんか。いそいそと購入して家に戻りました。『ユリイカ』はときに「この分量でどこが『特集』なの?」と思うことがありますが、今回は寄稿がたっぷり。米原氏の「写真帖」もあったりして、十分満足の内容です。
  木町あたりにはそのむかし市場があって、私は祖母に言われて大きな絵皿を持参し、お造りを盛りつけてもらって帰ったりしたものですが、記憶にあるような賑やかな市場はもうありませんでした。それでも小さな魚屋や八百屋が数軒、大晦日の店じまいをしていました。国道三号線沿いはコンビニやパチンコやファミレスが軒を連ねていますが、そこから一本入った通りのこういう場所には、まだ昔からのお店が残っています。
  私の実家も三号線沿いにあるのですが、周りはずいぶんたくさんマンションが建ちました。うちだけは昭和初期のボロ屋ですが。なにせ父親が生まれた家ですからな。
  ……こうしてみると、生まれ育った街ではないけれど、久しぶりに帰省するとそれなりに思い出が残っているものですね。