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インタプリタかなくぎ流

“Might come in handy one day.”

はいりきらない

  某バラエティ番組の字幕翻訳、先月末からクールが変わって内容がリニューアルし、同時にすべてSSTでの納品に切り替わりました。
  高額なSSTの購入費用が少しでも回収できると喜んではいますが、やはりこれまでより仕事量がぐんと増えますね。なにせ翻訳者がハコ割りもスポッティングも翻訳も全部担当するのです。翻訳以外に取られる時間がとても多くなりました。もっとも、クライアントの立場からすればこれは立派なアウトソーシング。コスト削減の有効な手段になります。
  それならそれで、すべて任せてくれればとことん作り込める達成感も出ようというところですが、そうはいきません。たぶん芸能界というところは権利関係がややこしいのでしょうけど、番組の一部は既成のこの字幕を、歌詞の部分はこの訳を、この俳優の発言についてはこの通訳者の音声を拾って……などなど様々な注文がついてきます。
  もちろん仰せの通りに作業をしますが、一秒間=四文字という字幕のルールに則っていない翻訳をはめ込むのは、物理的に無理があります。
  守秘義務があるので実例は出せませんが、仮に周杰倫の『七里香』を例に取ればこういうことです。

窗外的麻雀 在電線桿上多嘴
妳說這一句 很有夏天的感覺
手中的鉛筆 在紙上來來回回
我用幾行字形容妳是我的誰

  日本版の歌詞カードにどんな訳が載っているのか分かりませんが、たぶんこんな感じじゃないでしょうか。

窓の外の雀が 電信柱の上でおしゃべりしているわね
君のその一言に 僕は夏らしさを感じた
手に持った鉛筆が 紙の上を行ったり来たりしている
何行かの文章で 君が僕の誰であるのか表現するんだ

  忠実に訳しているんですけど、これだと字幕に乗らないんですね。

電柱の雀が賑やかね
夏らしい君のひと言
僕は鉛筆を走らせる
君を表現するために

  いま即席で訳したのでちっともいい訳じゃありませんけど、これくらい刈り込まなければ、とてもじゃないけど一秒間=四文字に収まりません*1。ラップなんか字幕化した日にゃ、大変なことになります。
  でもこれじゃ、原文のニュアンスが大幅に目減りしています。だから、基本的に歌詞を字幕に乗せるのは少々無理があります*2。ついでにいえば、歌詞の翻訳そのものが、翻訳の中でもかなり難しい部類に入ります。
  ところで、今回はたった四秒(=十六文字)の長さしかない字幕一枚に四十文字を越える歌詞が提供されてきた*3ものですから、さすがにクライアントにお伺いを立てました。
  「本当にこれをのせてしまってよろしいのでしょうか」
  「お願いします」
  ……。
  普通にテレビを見たら、とてもじゃないけど目で追い切れないと思います。それに画面からはみ出さないよう、極端に小さなフォントにしなければいけません。それでも熱心なファンは番組を録画して、ポーズを入れながら読むんでしょうか。

追記

  今日、さらに「はいりきらない」歌詞が送られてきました。不安が的中、ラップです。
  四秒間に五十四文字もあります……これをどう字幕化しろと(泣)。

*1:『七里香』はスローテンポなので、上の訳でも字幕になるかもしれませんが。

*2:特に中国語曲に日本語の歌詞をのせる場合。基本的に日本語のほうが「長ったらしい」言語ですから。

*3:超アップテンポの曲です。