読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

インタプリタかなくぎ流

“Might come in handy one day.”

村上春樹にご用心

村上春樹にご用心
  読み始めてすぐ「これはどこかで読んだことがある」と思っていたら、主に内田樹氏のブログに書かれていた文章を集めた本だった。
  というわけで、村上春樹論だけれど、丸ごと一冊を書き下ろしたものではない。氏のハードディスクを「村上春樹」で検索して出てきたファイルから、つまり氏がこれまで村上春樹に言及した文章から、まとまりのあるものを抜き出して本にしたアンソロジーだという。
  だから、その時々の思いつきがさまざまな角度から考察されている。思いつきだからときに分かりにくい文章もあるけれど、「思いつきを単なる思いつきと思わせない」+「単なる思いつきではなくじっくり考えてきたことをさも思いつきのようにさらっと述べてみせる」この人ならではの語り口は、もはや一つの至芸だ。頭のいい人だなあと思う。

私たちの世界にはときどき「猫の手を万力で潰すような邪悪なもの」が入り込んできて愛する人たちを拉致してゆくことがある。だから、愛する人たちがその「超越的に邪悪なもの」に損なわれないように、境界線を見守る「センチネル(歩哨)」が存在しなければならない……というのが村上春樹の長編の変わることのない構図である。

  でもって、

仕事はきちんとまじめにやりましょう。衣食住は生活の基本です。家族は大切に。ことばづかいはていねいに。
というのが村上文学の「教訓」である。

  これほどすとんと胸に落ちる村上春樹論を他に知らない。
  翻訳についても、示唆に富む記述がいくつか。
  内田氏は大学で、村上作品の仏訳本をネタに比較文学の講義をしているんだそうだ。

フランス語訳された既読の日本文学を読むというのはフランス語のニュアンスを理解するうえでは大変効果的な学習法であることがわかる。

  おお、こんど授業で使ってみよう。
  『村上春樹にご用心』という題名は大瀧詠一の『あの娘にご用心』から取ったのだそうだが、う〜ん、どうだろう。中身を表していないし「売らんかな」の姿勢が見え見えだと誤解されるのではないかな。