インタプリタかなくぎ流

“Might come in handy one day.”

夏の夜の夢

  ジョン・ケアード演出のシェイクスピア劇。
【ネタバレがあります】

  バンドの生演奏やダンス、歌などを取り入れた楽しい舞台。回り舞台を使った装置は、ほどよく現代的、ほどよく古典的で分かりやすい。シェイクスピア劇は様々な方法がやり尽くされているからか、ものすごく抽象的な舞台装置もあって、昔はそういう舞台の方が好きだったのだが、最近はやはり多少はリアリティのある方がいいと思うようになった。
  一方、シェイクスピア劇だから過剰なまでにセリフが多く、しかも物事の形容や比喩が半端でなくくどい。セリフ回しもいわゆる「新劇新劇した感じ」だし、リアリティという点では、これはかなり引いてしまうというか、陳腐にさえ思えるほどだ。それで冒頭は「これは辛いな」と思ってしまったのだが、いやいや、芸達者な役者さんたちに引き込まれて、長い上演時間があっという間だった。終わってみれば「リアリティがありゃいいってものでもないね」とあっさり宗旨替え。本当にいい加減な人間だ。
  パック役のチョウソンハは舞台で腕を折ったらしく、片腕をつったまま演技をしていた。「片腕のパック」だって。わはは。ハンデを感じさせない軽やかな演技で、二幕冒頭にはそのハンデをネタに村井国夫とアドリブで内輪ウケ話をしていた。舞台でも一番輝いていて印象深かったのだけれど、見る方としてはやはり痛々しさと、それに同情心を覚えてしまう。だからその分だけは舞台に入り込めなかったことも事実。もちろんご本人が一番無念だろうし、その無念さをバネに、たぶん腕を折る以前より凄みの増した演技になっていたのだろうとは思うけれど。
  ラスト近くの祝祭的な踊りのシーン、その後延々と繰り広げられるニックボトム一座の芝居、それを客席に降りて見物する登場人物たち、そして最後に舞台装置の裏側を見せて「一夜の夢まぼろし」というパックのセリフを語らせる演出。ロイヤル・シェイクスピア・カンパニーでアソシエート・ディレクターを務めるというジョン・ケアードの底力のようなものを見た思い。すごく楽しい気分で劇場を後にした。
  あと、どうでもいいけど、ニックボトムにかぶせられた馬の頭、目や耳や口がセリフに合わせて動くのだけれど、あれはどうやっていたのだろう。かぶっている俳優は両手が外に出ているから、彼が操作しているわけではなさそうだし。ラジコンみたいな装置になっているのかもしれない。セリフにバッチリとあった表情を馬がするので、爆笑してしまった。
  それとこれこそ本当にどうでもいいけど、セリフを聞きながら何度も『ガラスの仮面』の様々なシーンを思い出した。