インタプリタかなくぎ流

“Might come in handy one day.”

下周村

  「青年団」の平田オリザと北京人民芸術劇院の李六乙が共同で戯曲を書き演出するというプロジェクト。日中双方の俳優が出演し、日本語と中国語が混在したセリフになっている。
【ネタバレがあります】

  劇場に行ってみると一番前の席で、シートに資料が置いてある。なんでも前の三列ほどは舞台両脇に設置された字幕装置が見づらいので、上演台本の日本語訳を用意しましたとのこと。確かにこの位置から字幕を追いつつ舞台を見るのはかなり困難だ。だもんで字幕は見ないことにした。
  三星堆をモデルとしたらしい、新たな遺跡発掘に沸く村。発掘を担当する大学教授やその学生、学生の家族、この村に工場進出をもくろむ日本企業、その通訳者、怪しげな骨董商などが集まってくる。本物と偽物、歴史を作りかえるということ、経済発展に金儲け……とまあ、今時の中国を素材にした分かりやすいストーリー。山水画に茶器に伝統的な中国家具に竹の樋を流れる水、という簡素な舞台装置の中で淡々と物語は進む。
  ところが後半その雰囲気が一変、キッチュな現代絵画*1を背景に、宙に浮かぶ椅子や机、発光する巨岩などのなかで、現代詩のようなセリフが折り重なって発せられる。前半とはかなり異なる前衛的な雰囲気。以前北京人芸の小劇場で見た芝居、たぶん李六乙演出だった思うが、あれと同じような雰囲気だ。これはやはりあれかな、前半は平田オリザ作で、後半が李六乙作ということ? えらくまたハッキリと分けたのだなあ。
  後半、機関銃のようにセリフが発せられるところで字幕を追ってみたが、これはかなり疲れる。原文を翻訳(かなり拙い)したそのまんま、つまり大量の文字が次から次に現れては消える。これを読みながら舞台を見るのはほとんど不可能だと思う。まあ、全部聞き取らなくてもいいのだし、漢詩や伝統劇や近現代中国史の様々なアイテムが盛り込まれているかなり「傲慢(聞く人間の教養が試されるような)」なセリフだから仕方ないのだけれど。このセリフを聞いて「ほほう、なかなかやりますね」などと微笑むインテリがいたら……お友達になりたくないなあ。
  この芝居に出てくる中国人通訳者は、かなり「不実」な通訳者として描かれている。ちゃんと訳してないんじゃないの、勝手に枝葉をつけてるんじゃないのという、通訳者に対する抜きがたい不信みたいなものが描かれていて、おもしろい。おもしろがってちゃいけないが。

*1:“潑皮現實主義”だったか“玩世現實主義”だったか忘れたけれど、写実とデフォルメを混在させたような画風。もうずいぶん長く流行が続いていて、こないだ北京特集をやっていた『[http://www.brutusonline.com/brutus/issue/index.jsp?issue=616:title=BRUTUS]』でもその健在ぶりがうかがえたけれど、私はあまり好きじゃない。