インタプリタかなくぎ流

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字幕屋は銀幕の片隅で日本語が変だと叫ぶ

字幕屋は銀幕の片隅で日本語が変だと叫ぶ
  字幕翻訳者の太田直子氏が、字幕制作の裏話、とりわけ文字数や日本語表現との格闘、さらには映画配給会社との格闘についてぶちまけた痛快な本。「ぶちまけた」とは言っても、そこはそれ、批判的な文脈でなおかつ特定の作品名や配給会社が知れてしまいそうな部分については、それとなくぼかしてある。ご本人いわく、「言うまでもなく、私が保身に走っているからだ」。正直な方だ。
  一流の翻訳者に共通する特徴だけれど、文章のうまさやユーモアのセンスは抜群。一方「カッコの多用はうるさい」、「『(笑)』がくっついた文章がおもしろかったためしはない」と、私などは反省しきりの指摘もたくさん。
  人間が一秒間に読めるのはおおよそ四文字。そんな文字数制限の中で、字幕翻訳者は悪戦苦闘しながら字幕を作っている。だのに「売らんかな」の映画制作会社側で、文脈も何も踏まえずに無惨な変更がなされてしまうことがあるという。また「原作に忠実じゃない」と熱狂的なファンから批判の嵐にさらされることも。
  私も納品したあとに直されることがあるけれど、時に直してもらった方がより良かったというケースもあったりして、わはは、何とも面目ない。少ない字数で的確な表現をするのは、本当に難しいが、逆にそれが字幕翻訳のおもしろいところでもある。
  ところが先日、とある番組を見ていたら、すごい字幕が登場した。俳優のモノローグなのだが、一つの長ゼリフに、数行、数十字にわたる長大な字幕がついていて、画面の下に細かい字のかたまりがどーんと現れるのだ。確かに話している内容を忠実に訳した字幕、というよりは「訳文」だけれど、そんなのアリですか〜。斬新といえばこれほど斬新な字幕もない。日頃一文字削るのにさえうんうん唸っている自分が何だか滑稽に思えてきた。
  閑話休題。この本では、「安かろう、悪かろう」に傾きつつある字幕業界の現状にも疑問が呈されている。

  早さと安さ、すなわち時間とカネの節約。
  このふたつを最優先にする効率主義がちまたにあふれている。質を保つために必要な時間(労力)とカネを惜しめば、世界は低劣で薄っぺらなものになっていくだろう。けれどもヒトは順応性が高いので、いつの間にかそれに慣れてしまう。怖いのはそこだ。

  もちろん字幕だけでなく、翻訳全体に言えることだと思う。