インタプリタかなくぎ流

いつか役に立つことがあるかもしれません。

蘿蔔青菜各有所好。

  新宿某所でランチの天丼を食べる。このお店は丼つゆがまるで生醤油かと思えるくらい黒くて辛く、しかもずいぶん「たっぷりめ」にかけてくるので、私にはちょっとつらい。どんぶりの底に黒いつゆがたっぷりたまるくらいなのだ。で、注文時に「丼つゆ少なめにできますか」と聞いてみた。ランチのかき入れ時で忙しそうな店内だったけれど、仲居さんは笑って応じてくれた。あの笑いはきっと「中年になって塩分を気にしているのね」という笑いだな。
  内田百閒の『百鬼園随筆』にこんな描写がある。

一体出先の午食に御馳走を食おうとするのは、何と云う浅ましい心根だろう。明日からは握り飯を持って来ることにきめたいと思うのである。そうして手弁当を一日二日続けると、また他人の食っているものが欲しくなる。忽ち握り飯を廃止して、暫らく振りに天丼を食う。初の二口三口は前後左右の物音も聞こえなくなる程うまい。しかし凡そ半分位も食い終わると、又いろいろ外の事を考え出す。御飯が丼の底まで汁でぬれている。天丼と云うものは、犬か猫の食うものを間違えて、人間の前に持ち出したのだろう。ああ情けないものを食った。明日からは、もう何も食うまい。腹がへったら、水でも飲んでいようと考える。

――大人片傳

  天丼という、上等なんだけれどもどこか下卑たところのある食べ物の本質をついた名文だと思う。だいたい、天ぷらというおかずをあらかじめつゆにくぐらせた上、どんぶり飯にてんこ盛りしてかき込もうという食べ物なのだ。考えようによっちゃ不作法なことこの上ない。
  しかしいくら飾らない食べ物だとはいえ、つゆが勝ちすぎた天丼は明らかに「下卑」側へ一線を踏み越えている。内田百閒が「御飯が丼の底まで汁でぬれている」のを見た瞬間自己嫌悪に陥った気持ち、わかるなあ。
  天丼のつゆについては、フランス文学者の冨永明夫という人も『東京たべもの探検』にこんなことを書いている。

丼つゆの量は、もちろん多からず少なからずの呼吸を尊ぶが、個人的な好みを言わせてもらえば、多すぎるよりは少なめのほうが有難い。丼の底に僅かに白いゴハンが残るくらい、少しもの足りないかなと思わせるほどを以って上々とする。なぜなら、丼ものの本尊はメシであり、メシを殺すほどのツユ沢山は私のメシ信仰に牴触するからである。

――天丼讃

  もろ手を挙げて賛成である。天丼のおいしさはひとえに白いご飯と甘辛いつゆと少々しんねりした衣がまだら模様にほどよくまぶさっている部分にあると思う。だから私が一番好きな天丼のタネは穴子だ。あれは大きなエビやイカや野菜などと違って、身がほどよくホロホロと崩れるから「まぶさり度」が高い。キスやメゴチみたいな白身の魚や、小柱のかき揚げなんかもいいね。
  この冨永氏の『天丼讃』も、これまた天丼の魅力を余すところなく語り倒した名文だ。『東京たべもの探検』*1はすでに絶版だそうだが、古本屋で見つけたらぜひオススメ。この中で冨永氏が「天丼六佳撰」として推薦している天丼屋さんのうち、半分はすでにない。特に数年前に閉店してしまった文京区向丘の「天安」、あそこの天丼が食べられなくなったのは本当に残念だ。新橋の「橋善」もなくなってしまったしなあ。
  何の話だったっけ。
  そうそう、「丼つゆ少なめ」をお願いしてみた新宿某所の天ぷら屋さんでの話だ。
  私が注文してほどなく、両隣のテーブルにそれぞれお客さんが座った。左はサラリーマンふうの男性三人組、右は上品な身なりの老婦人とその息子さんらしい四十がらみの男性という二人連れ。みなさんいずれも私と同じ天丼を注文したのだが……。
  サラリーマン三人組はあろうことか「つゆ多めでね」と注文したのだ。仲居さんが注文を取って下がってからも、「やっぱ丼は『つゆだく』だよね」などと話している。ししし信じられん。ただでさえ醤油辛くて「丼の底がぬれる」くらい大量にかかっているつゆなのに、そのうえ「つゆだく」?
  一方の老婦人+息子の二人連れは、天丼が運ばれてくるまで談笑していたのだけれど、「おまちどおさま」と目の前に天丼が置かれるや、やにわに七味入れをつかむ息子。丼全体にかなり大量の七味をまんべんなくふりかけている。つぎに老婦人がその七味入れを受け取り、こちらも息子に負けないくらい大量に七味を……。しかも振り方があまりに激しくて、七味が丼をはみ出してテーブルにまで飛び散っている。それまでの上品な談笑ぶりからは想像もつかないようなワイルドさで、先に天丼を食べ始めていた私は箸が止まったよ。ラーメン屋でも、胡椒をこれでもかと振りかけてから食べ始める人、いるよなあ。
  味の好みというものは、本当に人それぞれなのだなあと改めて驚いた次第。
  いや、それだけ。

追記

  本郷三丁目の「天満佐」が今月末で閉店するそうだ。ううむ、後継者がいないのだろうなあ。江戸前ではあるけれど、今となってはかなり古いタイプの天ぷら屋さんだから*2、若い人受けしないだろうしなあ。

*1:1982年に発行された季刊誌『くりま』の特集「東京人の食」を、文庫に再編集したB級グルメ本。

*2:簡素で質素な店内、ごま油でぼってり揚げた衣、お釜で炊くらしい少々しっとりめのご飯、いかにも昔のおじさま方が好みそうな塩のきいた浅漬けにたっぷりの醤油……など。