インタプリタかなくぎ流

“Might come in handy one day.”

うつせみ

  キム・ギドク監督の話題作。恵比寿ガーデンシネマのロードショーを見逃していたので、下高井戸シネマのレイトショーに。
【大いにネタバレがあります】

  広告のチラシを家々の玄関に貼って回る青年。最初はそういうアルバイトをしているのだな、と単純に思ってしまうのだが、実は留守宅を転々と渡り歩くという奇妙な「生活術」の一環で……。
  なぜこんな暮らしをしているのか、観客の心に不可解さを残しながら、物語は淡々と進む。留守宅に潜り込み、そこで心引かれる女性の写真に出会う、というのは『陽光燦爛的日子(邦題:太陽の少年)』を思い起こさせる。『陽光…』でもこの作品でもほんのわずかしか描かれないが、青年(少年)のエロスを介在させている点もその連想を一層強くする。
  とはいえ、この『うつせみ』は『陽光…』より観客を選ぶ、ところどころ「芸術映画」的な香りが漂う異色の作品だ。でもって、アナロジーばかりで全く能がないが、コーエン兄弟のような静謐で怖〜い雰囲気や、寺山修司のようなちょっと懐かしいアバンギャルド的雰囲気も。
  生活臭を十二分に残しながら、主人公である住人をぽっかりと欠いた留守宅というのはまるで抜け殻のような空間だ。邦題の『うつせみ』はなかなか秀逸だと思う*1。ちなみに英語のタイトルは“3-iron(三番アイアン)”というそうだが、確かにこの映画ではゴルフボールがとても重要な小道具になっている。硬いゴルフボールの質感が観客の痛覚を呼び起こす。
  主人公の青年を演じたジェヒという人は、最初はどこか素人っぽい立ち居振る舞いで「大丈夫かいな」と思わせるものがあるのだが、つかみ所がない幽霊のような存在をうまく体現している。なにより最初から最後まで一言もセリフを発しないというのも、本当にこの男は存在しているのだろうかという思いを増幅させる。あざといと言えばあざといが、これぞ映画ならではの表現方法だ。一方のこれまた無口な女性を演じるイ・スンヨンも存在感十分。一時物議をかもした例の騒ぎのあとに、再びヌードを披露するこの作品に出演というのもすごいなあ。★★★★☆。

*1:原題の“빈집”は「空き家」という意味だそう。