インタプリタかなくぎ流

“Might come in handy one day.”

デパアトメントストアにて

  日本橋で待ち合わせまでの間三十分ほど時間が空いたので、高島屋の地下にある「グラマシー・ニューヨーク」という名前のケーキ屋さんに併設の小さなカウンターでコーヒー(525円)を飲んでいた。私はL字型になっているカウンターのちょうど角の位置にいたのだが、私の右斜め前に当たる位置には若いお母さんと五〜六歳くらいの男の子が座っており、ケーキとジュースを注文し、楽しそうにおしゃべりをしていた。
  じっと見つめちゃ失礼だし怪しい行動だから、iPodで音楽を聞きながら見るともなく見ていた(やっぱり観察してる)のだが、いや、何というか、幸せそうな親子だなあと思った。お母さんの身なりや立ち居振る舞いもこざっぱりして上品だが、何よりその男の子がいやみのない自然にあふれる上品さで、育ちがいいんだろうなあ……と。
  たぶんお母さんの見立てなのだろう、男の子は小さなクマのアップリケが入ったフードつきのオーバーオール・スウェットを着ていて、これが緑系統の細かいストライプが入った、ちょっと「ポール・スミス」のマルチストライプみたいな生地。でもって下はこれもモスグリーンみたいな色の柔らかそうな素材のズボン。靴はオレンジに近いえんじ色のスウェード。椅子の背に掛けた上着はこげ茶色のごく薄手のダウンジャケットみたいなので、胸に「ソニア・リキエル」という小さなロゴが(ここまで細かく観察してるなんて……怪しすぎ)。
  いや、どうしてここまで覚えているかというと、その色の取り合わせがとても巧みに思えたからだ。緑とオレンジなんて完全な補色なのに、派手な印象がなく、すごく上品。お母さん、すごい。私は色の取り合わせの才能がないので弟子入りしたいくらい。それに子供はすぐに成長しちゃうのにここまでコーディネイトして着せてるなんて、お金持ちなんだろうなあと思ったのも理由の一つ。いや、毎度下世話な視線ですみません。
  しかし私がいちばん驚いたのは、その親子が席を立ったときだ。お母さんがソニア・リキエル上着を男の子に着せようとしたら、男の子が自分でスウェットのフードを持ち上げて頭にかぶせる。なぜ? と思った瞬間、その意味がわかった。上着を着たあと、そのフードを下ろして、上着の外に出すためなのだ。
  慣れた手つきで背中に手を回し、フードを整えながら立ち去るその五〜六歳の男の子を見ながら、私は「両手を腰にあてがい、肘を張って、いかにも感に堪えない様子で、それを眺めてい」た。私と「この坊ちゃんでとでは、まあ、何て違いだろう」*1――そう考えていたのだ。

*1:吉野源三郎『君たちはどう生きるか』(岩波文庫)P.122-123