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ムンクを追え!

ムンクを追え! 『叫び』奪還に賭けたロンドン警視庁美術特捜班の100日

ムンクを追え! 『叫び』奪還に賭けたロンドン警視庁美術特捜班の100日


  一九九四年、ノルウェーのリレハンメル冬季五輪開会式当日の朝、オスロのノルウェー国立美術館から盗まれたムンクの名作『叫び』。この本は『叫び』の盗難から奪還までのおよそ百日間をつづったドキュメントだ。
  ノルウェー警察に協力して犯人グループに接触する囮捜査官、ロンドン警察庁美術特捜班のチャーリー・ヒルという人物が主人公なのだが、彼自身のサイドストーリーや他の美術品盗難などについても大幅に紙幅が割かれているので、おもしろいと言えばおもしろい。だが散漫と言えば散漫。でも翻訳の文体が軽妙で読みやすく、一気に読み終えてしまった。
  世界中の美術館は、少数の例外を除いていずこも財政難で、美術品を盗難から守るための警報装置や警備体制に十分お金をかけられないのが現状だという。保険さえかけられていない「名品」も多いのだとか。しかも美術品の「誘拐」はぶっちゃけ、人命に関わるわけではないので、警察当局も「たかが絵じゃないか」と捜査に熱が入らない傾向があるんだそうだ。
  欧州に比べて美術品の警備が比較的しっかりしている(らしい)アメリカで、例外的に大被害にあい、フェルメールの『合奏』など盗まれた絵の行方がいまだ分かっていないボストンのイザベラ・ガードナー美術館の話も出てくる。私も行ったことがあるが、現在では手荷物は一切持ち込めないなど、警備は天安門広場毛主席紀念堂なみ(?)。私邸を改造したこの美術館、小さな展示部屋に私一人しか観客がいないときなど、常にスタッフがさりげなくついてきてたりして。
  名画の盗難が絶えないのは、まずは銀行を襲うよりはるかに警備体制が緩くてやりやすいこと、闇のマーケットで高く売れることがあるのだろうけれど、最終的にはそれら盗品を高く買い取って一人地下室でにまにま鑑賞したいという大金持ちがいるからなんだろうな。
  ゆがんだ欲望だが、正直、ほんの少しその気持ちが分からないでもない。美術館に名画や彫刻の名作を見に行っても、たいがいものすごい観客の頭の向こう、ガラスケースに入っていて照明が反射してよく見えなかったりするか、展示替えで見られなかったりすることも多いから。