インタプリタかなくぎ流

“Might come in handy one day.”

無與倫比日本演唱會

  別にライブにゃ興味ないから、などと言っていたのだが、ジェイ好きの友人から誘いを受けて「じゃあ、行ってくるか」的不真面目な態度で東京国際フォーラムに向かう。
  友人は「下町の東急ハンズ」ことシモジマで蛍光スティックをどっさり買い込んできており、ブレスレット状にしたオレンジとブルーを私の両手にはめさせ、さらに紫色のスティックを手に持たせる。こっちは仕事帰りでスーツにネクタイだっちゅ〜の。似つかわしくないことはなはだしい。隣のご婦人方はスティックに「Jay Chou」などと印刷された蛍光スティックをお持ちだった。会場の外にて高値で購入された由。いや、いろんな商売を考える方がいるもので。
  ライブはきっちり時間通りに始まり、それから約二時間半、立ちっぱなしだった。……いや、よかった。なかなか用意周到に考えられたライブで、サービス精神があちこちにあふれていた。歌も『晴天』が結局聞けなかったのは唯一残念だったけど、あの曲この曲を歌ってのどが痛い。仕事柄、のどを痛めるなんてのは論外なのだが。
  ステージの奥と両脇に設置された巨大スクリーン、舞台の様子がリアルタイムで映し出されるのはわれわれ会場の後ろのほうにいる観客への配慮でもあるし、まあどんなコンサートでもよくある設備。だが、このカメラの写し方と画面の切り替え方が非常によかった。カメラマンと、画面を切り替えているディレクター、かな? この両者がともにジェイの歌を理解しているのがよく分かる。
  ゲストの南拳媽媽もよかった。宇豪とジェイとの超絶技巧ピアノ連弾や、LARAとジェイとのデュエットなどいろいろと楽しませてくれる。ダンサーもコーラスも結構連れてきていたし、バイオリンやチェロなど十人ほどの弦楽チーム、あの人たちも連れてきたのだろうか。映画『頭文字D』の舞台になった豆腐屋さんのコメントなど、日本コンサート向けのオリジナル映像もいくつか作っていたし、李連杰とのコラボである『霍元甲』も初めてプロモーションビデオと歌そのものを楽しめたし、いや、なかなか力が入っている。ターンテーブル回していたお兄さんの技巧がまたすんばらしかったが、あれ、その、昨今のクラブ(低高高)では普通に見られるものなの? クラブ(高低低)ならおじさん方につきあわされたことがあるものの、ターンテーブルが回ってる場所などもう久しく行っていないもので。
  しかし驚いたのはアンコールでいきなり客席に降りていって、歌にも歌われているおなじみのおばあさんを紹介したことだ。カメラが着いていって実況中継ふうにスクリーンに映し出される。おばあちゃん子だとは聞いていたが、日本コンサートにも連れてきていたか。これが母親だとぐぐっと引いてしまうところだが、おばあさんだと華人の“尊老愛幼”の美徳に転じて好感度急上昇。
  しかも日本統治時代に日本語教育を受けたとおぼしきおばあさんの流暢な日本語で「ジェイが小さい頃、日本の童謡を教えました」との発言があったあと、舞台に戻ったジェイが『ももたろう』を歌う演出にいたっては……。来日するアーティストが日本語でメッセージを練習して披露するのはよくあるし、ジェイももちろんこれを踏襲していたが、ここまで泣かせる演出を考えてきたのはすごい。
  もちろん背景には台湾の人々に日本語を押しつけた植民地統治だとか、その当時おばあさんが習った『ももたろう』はそもそも鬼の財産を略奪するというストーリーじゃんとか、戦時中の状況に思いをいたして反射的に留保をつけたくなる気持ちもないではないが、それを乗り越えて、というか向こうから乗り越えてきてもらって、こういう演出されたらやはりうれしいじゃないか。
  うれしいが、ジェイが『ももたろう』の一番を歌ったあと、二番の「♪あ〜りがとう、ありがとうあ〜げましょう、あげましょう」のあとでマイクを客席に向けたとき、私を含めた大多数の観客がその後を継げなかったのが何とも恥ずかしい。こういう感覚、台湾にいるときにも何度か味わった。あちらの人のほうが、古い日本をよく知っていたりするのだ。
  昨年発売されたアルバム『十一月的蕭邦』はこれまでに比べるとずいぶんおとなしい印象だったし、世間では「華流」などと言っているけど、さすがにジェイのコンサートはこれが最初で最後かも知れないな、などと思っていた私。でもこれだけ楽しませてくれるのだから、もっともっとファンが増えてまた日本でコンサートを開いてほしい。素直にそう思って帰宅した。