インタプリタかなくぎ流

“Might come in handy one day.”

マオ

マオ―誰も知らなかった毛沢東 上

マオ―誰も知らなかった毛沢東 上


  『ワイルド・スワン』のユン・チアン*1と、その夫で歴史学者のジョン・ハリデイによる大部の毛沢東伝。
  私はいわゆる「共産趣味」的でかなりミーハーな態度ながら、毛沢東に関する本が好きでいろいろ読んできたが、この本のインパクトは類書の中でも群を抜いている。『毛沢東の私生活(ISBN:416730970X)』や『毛沢東秘録(ISBN:4594031005)』ですら、毛沢東にとても好意的に書かれていたなあと思えるほど。
  とにかく毛沢東の全生涯にわたって、これでもかというほど批判し罵倒し尽くしているので、どこか「トンデモ本」的なテイストさえ漂う。ちょっと注意して読まないと、と最初は身構えてしまったくらいだ。それでも巻末の詳細なインタビューリストと、あまりにも膨大で本に収まりきらなかったために講談社のホームページで公開されている参考文献などから、これが少なくともかなりの作業時間と検証を経て書かれたのだろうと推測はできる。
  いやもう毛沢東たった一人の欲望のために死ぬ人間の数とその悲惨さが尋常じゃない。文革についてはこれまでに読んできたものとあまり大差なかったが、中華人民共和国成立以前の延安を中心とした整風運動や、その前の長征段階などには、初めて知る話がたくさん。周恩来についても、これまでの類書とはかなり違う光を当てている。林彪の息子・林立果の評価や、文革末期に毛沢東の死期を見定めたあとの周恩来・鄧小平・葉剣英「三人組」の動きなども興味深かった。それから江青についてさかれた章は明らかに批判のボルテージが上がっていて、ユン・チアンの特別の思い入れが筆致に現れているかのようだった。
  毛沢東個人の動きにほぼ的が絞られているから、「毛沢東時代」のかの国の全体像を見通すことはかなわない(それを目的としてもいない)。本当に毛沢東ひとりのカリスマ性だけであの大きな国があそこまで暴走するの? という疑問は残るが、とにかく読みごたえのある本だ。

*1:ユン・チアン(張戎)の名前の発音について、翻訳者の土屋京子氏が「訳者あとがき」に短い説明を入れている。いわく、ユン・チアン自身が出身地四川省の読み方で“戎”を「ユン」と発音しているとのこと(北京語の発音だとRong−ロンになるが、ウェード式のピンインではJungになるため誤解したのではと指摘されていた)。『ワイルド・スワン』で中国語の読み方を巡って論争になったことをふまえてか、今回は著者自身や中国研究者に細かく確認をしたのだそうだ。