インタプリタかなくぎ流

“Might come in handy one day.”

日本通訳学会年次大会

  私は研究者ではないし、この学会の会員でもないのだが、参加費を負担すれば誰でも参加できるので発表を聞いてきた。
  午前中は大学や大学院での通訳教育をテーマにしたシンポジウム。日本は諸外国と少々事情が異なり、これまで通訳者の養成はその大半が民間のエージェンシー系のスクールによって担われ、大学や大学院での実践教育はまだまだ始まったばかりだ。また法科大学院のような専門職大学院を通訳教育でも実現していけないかといった話題も含め、通訳教育の現状と展望に関する議論があった。

いわゆる「引導」をめぐって

  個人的にとてもおもしろかったのはシンポジウムでの基調講演に端を発する、通訳スクールでの「引導」に関する議論だ。
  発言した先生いわく、通訳スクールの講師がいちばん頭を悩ませるのは、明らかに通訳者に向いていない受講者に「あなたは通訳者には向いていません。もっと別の方向で人生を有意義に過ごされては?」とどう「引導」を渡すかということだという……。
  もちろん「引導」という表現は一種の象徴的な言い回しではあるのだが、ここにはより多くの生徒を集めたいという通訳スクールの営業的な側面と、第一線で活躍できる通訳者はごくごく一握りであるという厳しい現実とのギャップとか、明らかに語学力が足りずに通訳訓練以前の問題を抱えた生徒をどう指導していくべきか*1とか、いろいろと切実な問題が含まれている。シンポジウムの質疑応答でもこの話題で盛り上がった。
  高い授業料を払っている通訳スクールの生徒にはそう簡単に「引導」など渡せるわけもないとか、いやいや通訳スクールなら職業訓練校ということで「向いていない」と評価することも可能だが、専門職大学院で論文は書けるが通訳者としてはものにならないという生徒が出た場合学位も与えないのかとか、さまざまな意見が出たところである現役通訳者が意見を述べた。
  この方はかつて通訳スクールで「向いていない」と「引導」を渡されたくちなのだそうだ。ところがそれでもくじけずに十年二十年と頑張って、いまでは第一線の通訳者として活躍し、スクールでも教えているという。つまり、通訳スクールにせよ大学・大学院にせよ、ほんの数年間だけでその人の適性を判断することなどできない、また通訳者といってもさまざまな業務があり、アテンド通訳や現場通訳など、国際会議の通訳者レベルではないにしても立派に通訳業務をすることはできる、地道にやっていけば誰でもそこそこの一流になりうる、というのがこのかたの論旨だ*2
  この発言には会場から拍手も沸いたが、私は少々論点がずれているのではないかと思った。
  第一に「その程度」の通訳技術であれば、確かにかなりの人に適性があることになる。私だって今のレベルでアテンドや工事現場での通訳ならいちおうクライアントから苦情が出ないくらいにはつとめることができると言っていいと思う。が、いまここで「引導」うんぬんを検討しているのはまさに第一級の通訳者になれるかどうかではないのかなあ。
  第二に、地道に十年二十年と頑張ることは尊いと私も思うが、一般には経済的な事情からそんなことをやってはいられない状況に追い込まれてしまうのが現実であるという点。これは自戒でもあるが、通訳スクールを職業訓練校と認識して通う以上、我々生徒もできるだけ現実を見つめる努力というか勇気を持つべきじゃないだろうか。もちろん地道に長年頑張ることを許す状況があれば、それはそれですばらしいことだけれど。
  私はやはり、通訳スクールの大きな役割のひとつは、向き不向きをハッキリと悟らせる、ある意味資格試験的に選抜をかけることでもあると思う。どんな仕事にも適性がある、そしてそれは何らかの方法で判断されなければならない。なんだか自分で自分を追いつめているような気もしてきたが(笑)、これはごくごく当たり前のことだと思う。

英語通訳者へのアンケートから

  別の分科会では現役の英語通訳者にアンケート調査をした結果の報告があって、これもいろいろ興味深かった。
  例えば母国語から非母国語(ここでは英語)方向に通訳する場合、逐次通訳と同時通訳ではどちらが苦手かという設問に、韓国の通訳者は100%が「同時通訳が苦手」と答えたのに対し、日本の通訳者は三分の二が「逐次通訳が苦手」と答えたそうだ。へええ。
  日本の通訳者は、逐次だと人前に出なければならず、それよりはブースに「身を潜める」ことのできる同時のほうが落ち着くのではないか、という意見が出されていたが、それでは韓国の通訳者がほぼ反対の傾向にあるのはなぜなんだろう? 気質的に人前に出るのが好きだから? 非母国語(英語)のスキルが高くないから(でもそれじゃ逐次はよりいっそうおぼつかないか)?
  また日本人通訳者の多くから「非論理的であいまいで主語がハッキリしない日本人スピーカー」へのうらみつらみが多く寄せられたという(笑)。おやじギャグ的な通訳不可能発言に対するうらみも多いそうだ。ふうん。
  これについては、このアンケート結果を報告されていた先生も疑問を呈しておられたが、なにも日本語だけが特に非論理的であいまいなわけではないだろうし、主語がないのは日本語の特徴だし、しょーもないギャグは他の国のおやじたちだって大好きだけどな、と私も思った。
  それから、議論全般でおもしろいなと思ったのは、日本における英語の通訳業界ではネイティブスピーカーの通訳者がほとんどおらず、母国語への訳出が原則のヨーロッパ*3などと違って非母国語への訳出も日本人通訳者は積極的に行っているという点だ。
  ここから日本は今後もっと日本人以外の通訳者を受け入れていくようにしなければならない、日本語ネイティブではない通訳者の話す、イントネーション等に多少違和感のあるデリバリーにも寛容になっていくべきだという議論が出てくるのだが、これは北京語の通訳業界とはずいぶん違うなと思った。日本で活躍している北京語通訳者には北京語ネイティブも相当たくさんいるからだ。彼我が地理的に近いからだろうか? それはあるだろう。日本社会における華人の割合は欧米人に比べてはるかに高い。それと、これはちょっとくやしいけれど、華人の日本語能力と日本人の北京語能力を比べると明らかにこちらが負けているから?
  あと、蛇足。総じて議論がほとんど英語の通訳業務や英語通訳者だけを念頭になされているのは、まあ絶対数からいってしょうがないのだろうけれど、少し寂しい気がした。

*1:私がこうやって書いているのもおこがましいが……。

*2:これを応援する意見として、「亀の甲より年の功、通訳者は年齢がハンデにならない数少ない職業のひとつ」というエールもあった。が、まさにこのことが新規参入を難しくしている原因でもある。

*3:EUの拡大等で最近は事情が変わってきたそうだが。