インタプリタかなくぎ流

“Might come in handy one day.”

オリガ・モリソヴナの反語法

オリガ・モリソヴナの反語法米原万里/集英社/ISBN:4087745724)を読む。いまやロシア語会議通訳者というより、作家・エッセイストとしてより広く知られる米原万里氏の小説第一作。一九六〇年代、チェコスロバキアの首都プラハにあったソビエト大使館付属八年制普通学校。そこに編入してきた日本人科学者の娘・弘瀬志摩*1。彼女がここで出会った名物舞踊教師オリガ・モリソヴナは、奇抜なオールド・ファッションと誰もが認めざるを得ない踊りの才能、そして大袈裟に讃えることで逆にこき下ろす「ほめ殺し」の反語法でひときわ異彩を放つ存在だった。
何者をも恐れぬかに見える彼女は、しかし同僚のフランス語教師エレオノーラ・ミハイロヴナとともに、ある暗い過去を背負っているらしい。特に二人がおびえる「アルジェリア」という言葉、東洋的な顔立ちを持ちながら二人を「ママ」とよぶ舞踊の天才少女・ジーナの存在。謎を胸の内に残したまま、志摩はプラハを離れ、三十年近い月日が流れる。
ソビエト連邦崩壊の半年後、奇妙な謎に包まれた彼女たちの過去と現在を解きほぐすべく、いまだ混乱の続くモスクワに乗り込む志摩。物語は志摩の謎解きを軸に、スターリン時代やフルシチョフ時代などソ連とその同盟諸国の二十世紀史が縦横に絡みながら進む。
膨大な資料を駆使して書かれたであろうこの物語は、フィクションと史実が織り交ぜられており、ときとして説明調になったり、ご都合主義的に話が進んだりもする。が、全体として強制収容所の悲惨な体験や、息が詰まりそうな共産主義的管理社会の実態が圧倒的なリアリティで迫ってくる。日本人の我々にはちょっと想像もつかないほどの、かつての共産主義国の日常。この本を読むときは巻頭に掲げてある東欧諸国とモスクワ市内の地図を頭に入れ、できたら東欧の社会主義国の近現代史をざっとおさらいするといいかもしれない。
巻末に掲げてあるスターリン時代の参考文献(日本語で読めるものもたくさんある)をもっと読みたくなった。文化大革命期を記録した様々な手記なども。それから、ミーハーながらプラハやワルシャワやモスクワなど、東欧の国々の都市にも行ってみたくなった。

*1:このあたりは米原氏ご自身の経験を小説化されているのだろう。