インタプリタかなくぎ流

“Might come in handy one day.”

孽子

孽子白先勇/允晨文化出版/ISBN:9579027781)を読む。石公さんの「夜目、遠目、幕の内」に、まだ上梓されないままの日本語版『罪の子』にまつわる興味深い記事があって、それを拝見したあとすぐに読み始めた。
昨年の二月頃だったか、台湾の公共電視でこの小説《孽子》がテレビドラマ化された。范植偉・金勤・張孝全・楊祐寧といった若手の注目株に加え、柯俊雄・丁強・柯淑勤・庹宗華といったベテランから中堅までが脇を固めるという豪華なキャスティング。演技はもちろん、美術や時代考証も質が高く、なかなかいいドラマだった。それで原作の小説も買ったのだが、長い間本棚に「積ん読」状態になっていたのだ。
この作品は同性愛が物語の重要なファクターになっていて、ややもするとその側面ばかり取り上げられがちになるのだが*1、実はセクシャルな描写はほとんど出てこない。むしろ父と子の葛藤や仲間同士の友情、さらには「老いゆくもの」と「伸びゆくもの」の対比が幾重にも描かれる。静謐な寂寥感ただよう、とても魅力的な小説だ。
今回読んでみてわかったが、テレビドラマ版《孽子》はかなり忠実に原作を再現している。“在我們的王國裡……”というナレーションの導入部、実家からの放逐で始まる物語、かつての自分を見るような少年・羅平と駆けながら家に帰るラストシーンなど、かなり原作を尊重した演出だったようだ。おかげで、小説を読んでいるときは常にドラマの様々な場面が浮かんできて、なんというか、とても立体的に物語を楽しめた気がする。
ただ石公さんが紹介されていたように、主人公・阿青が退学処分になり実家から放逐される原因となった化学実験室での“淫猥行為”の相手が、同級生の趙英ではなく学校の職員である*2など、いくつかドラマと違う部分(というか、小説がオリジナルだが)があった*3。以下に列記してみる(ネタバレになると思うので一応反転させておきます)。

  • ●駆け落ちして歌舞団に入った母親のエピソードが少ない。後に阿青と弟娃が会いに行って餃子を食べるシーンもない。ドラマでは多少詳しく描かれていた阿青の子供時代のエピソードもほとんどない。
  • ●趙英は西門町で知り合った青年ということになっていて、阿青は彼にハーモニカをプレゼントする。ハーモニカを吹く趙英を見ているうちに、亡くなった弟娃がオーバーラップして思わず抱きしめてしまい、「何するんだ!」とハーモニカを叩き返され、逃げられてしまう。
  • ●ドラマではかなりの部分を使って描写されていた王夔龍と阿鳳の逢瀬が、王夔龍によるほんの少しの述懐程度に止められている。また王夔龍のニューヨークにおける体験(プエルトリコ系の男の子を介抱するが、裏切られてしまう……などのエピソード)が多少違っている。
  • ●王夔龍の家庭の様子はほとんど出てこない。従って王夔龍の父親・母親・王家副官もドラマほど描かれていない。
  • ●傅老爺子の臨終から葬儀までがかなり詳しく描写される。傅老爺子が晩年心を砕いていた、靈光育幼院の孤児のことが比較的大きなウェイトを持って語られ、これが阿青の弟娃に対する思慕などと呼応する重要なファクターになっている。
  • ●傅老爺子が阿青の父親に会いに行くくだりがない。
  • ●呉春暉医師との再開など、“林樣”のエピソードがほとんどない。
  • ●これはちょっとドラマでの記憶がないのだが、《安楽郷》の客で兪先生というのが出てきて、阿青が彼の家に泊まって……というエピソードがある。これ、ドラマでは王夔龍との一夜に置き換えられているようだから、カットしたのかもしれない。
  • ●最終章に小玉たちの往復書簡が登場し、これらにより東京に父親探しに行ったあとの小玉や、感化院に収容された老鼠のエピソードが語られる。呉敏が半身不随になった張先生に献身的につくすエピソードも、ここでの阿青の手紙で語られる。

……細かい部分はまだまだあるが、だいたいこんなところかな。あれ、こうしてみると原作とドラマはかなり違っているかも(笑)。
日本に行った小玉が新宿歌舞伎町のゲイバーで森進一の歌を歌い、「これが今一番流行っている」などと阿青に報告していることでもわかるように、この小説はもう三十年近く前に書かれたものだ。それにしては、ドラマを先に見ていたからかもしれないが、少しも古びた感じがしない。
孽子小説を読んでいる間、頭の中にずっと《孽子》のサントラが流れていた。これは、このドラマのためにチェリストの范宗沛が作ったもの。ドラマと切り離して聴いてもなかなかの出来だと思う。
こちらで一部が試聴できます。《戯水》がおすすめ。
この《孽子》はすでに英語・フランス語・ドイツ語に翻訳されているという。日本語訳の完成を期待したい。ドラマも日本で放映されないかな。

*1:ドラマの放映前も、やたら「この手の物語をゴールデンタイムに放映するのはいかがなものか」的な新聞記事が目立った。まあ、視聴率を狙った話題作りだったのかな……。

*2:石公さんによれば、この点について原作者の白先勇氏は当初難色を示したという。詳しくは石公さんのブログをご覧ください。

*3:ドラマの内容を完全に覚えているわけではないから思い違いもあるかもしれない。DVDも購入したのだが、全部観直していない。