インタプリタかなくぎ流

“Might come in handy one day.”

屋根の上のバイリンガル

沼野充義/白水Uブックス/ISBN:4560073341)を読む。ロシア・ポーランド文学が専門の沼野氏によるエッセイ集。著者は専門が東欧文学でありながらアメリカに留学した経験をもっている。アメリカ社会におけるロシア語やポーランド語などのスラヴ語族やイディッシュ語など、東欧系の移民が用いるこれらの言語がアメリカ社会でどのように生きているか、英語にどんな影響を及ぼしているかなどの話がおもしろい。
ある社会でマイノリティになった民族の常として、ステレオタイプな民族的中傷がついてまわる。アメリカ社会もその例に漏れず、「ポーリッシュ・ジョーク」というものが存在し、多くの本まで出版されているという。たいていは「馬鹿で間抜けで不器用」なポーランド人という固定観念を増幅させたものだが、著者の沼野氏は、これが単純な「弱いものいじめ」というだけではなく、ポーランド人の側にそうした中傷を受けて立つくらいの強さがあるのだ、ということも見逃さない。
つまりそれだけアメリカ社会の中でポーランド系移民の層が分厚く、アメリカ文化に影響を及ぼすほどであるがゆえに、ジョークの対象にもなりうる。本当にひ弱なマイノリティーだといっぺんでたたきつぶされてしまい、ジョークのジャンルとして確立され得ないというのだ。
ポーランド語の綴りが(アメリカ人のスタンダードから見れば)複雑でわけのわからないものであり、名前の最後には必ず“-ski”がつく(実際には違う)、などという言葉の特徴も、「ポーリッシュ・ジョーク」で取り上げられやすい東欧系移民の一側面なのだそうだ。

緑色をしていて、ポーランドの上を飛ぶものは何だ?
――ピーター・パンスキ Peter Panski
じゃあ、黒い傘をさして、ポーランドを飛び回るものは?
――メアリー・ポピンスキ Mary Popinski

こないだ観たトム・ハンクス主演の映画“The Terminal”には、旧ソ連邦の架空の小国からやって来た「ヴィクトル・ナヴォルスキ」という男が登場する。英語がろくに話せず、奇矯な言動と振る舞いを繰り返す(ように見える)主人公。これもアメリカ社会ですでに一大ジャンルを確立している「ポーリッシュ・ジョーク」を背景にしていたのかもしれない。