インタプリタかなくぎ流

“Might come in handy one day.”

死不認錯。

オーストラリアで翻訳者をされているKaorinさんによると、彼の地の郵便屋さんは……

絶対にじぶんの責任ではない、このミスは私の仕事ではない、と朝起きて仕事に向かう時からそういう決意を持っているやつらには何を言っても無駄。

『新人翻訳者の毎日』「オラァ〜郵便局」から

というノリのなのだそうだ。わははは、わかるなあ。台湾にも、もちろん日本にもこういう方々はいる。
“死不認錯。”というのは「死んでも間違いを認めない」ということ。台湾で特にこの傾向を強く感じるのは、やはりお役人さん。あと国営企業の職員。
私の経験では*1日本でもお役人さんは概して責任を取りたがらないけれど、こちらの「責任取りたくない」はもっと皮膚感覚に近いというかセンシティブというか気合いが入っているというか、とにかく「責任」の「せ」の字が出てきただけでぴょ〜んと数百メートルは飛び退くといった感じ。ほとんど反射的・動物的なカンで自分に火の粉が降りかかるのを嗅ぎわけ、避けている感じがする。
“叫我認錯,撞牆死掉算了。”という表現も目にしたことがある。「私に間違いを認めろというなら、壁に頭をぶつけて死んでしまった方がいい」、つまり「責任とるなら死んだ方がマシ」ということだ。とにかく筋金の入り方が違う。

*1:これまでいろんな仕事をしてきたが、不思議に公務員相手の仕事が多かった。