インタプリタかなくぎ流

“Might come in handy one day.”

「アーティストですね」って、私そんなに世間離れしていますか。

丹梅さんが、「あの人は詩人だから」という言葉についてコメントをつけてくださった。世間では詩人というと、文章を書く人の中でもなにか一段上に見られるようなところがあるようで、もちろん肯定的な評價になる。けれど現在では往々にして「夢想家だ」「地に足がついていない」という皮肉だったりもする。
今私が通譯者をしている現場には多くのエンジニアが働いている。私がこの現場で「エンジニアリングというのは素晴らしいなあ」と感じるのは、みなさん程度の差はあれ、情緒的なものいいに寄りかかることなく科學的・合理的に物事を考えようとされることだ。文系出身の人間は*1、私なども大いにその「ケ」があるが、理詰めで考えぬくことに辛抱が及ばなくなるとついつい「雰圍氣でものを言う」方向に逃げ出してしまうくせがある。エンジニアに「詩人ですね」と言われたら、それはたいがい「なんだか理屈の通らない、譯の分からないことを言ってますなあ」というニュアンスだ。
別に詩人がみんな非科學的な考えをしているわけではないし、詩というものが單に言葉遊びだというわけでもない。けれど人から「詩人」と言われて「まあ、私ってそんなに感性が豐かしら」と喜ぶより、「オレってそんなに世間離れしてるかな」と我が身を振り返るほうが多いんじゃないかな、もはや。
以前、詩人の伊藤比呂美氏の話を聞く機會があった。「燃えないゴミの日に間違って生ゴミ出しちゃったとするでしょ。でもご近所から苦情が出ずに『ああ、あの方は詩人だから』って變な納得の仕方をされちゃうの」とのことで、爆笑した覺えがある。
「先生といわれるほどのバカでなし」というフレーズもあった。「先生」はまだしも、「センセイ」や「センセ」になると、これはもう完全に揶揄の領域に入っている。同じようなさげすみのニュアンスになりつつある言葉として「アーティスト」もある。「君はアーティストだね」……私の語感では、どう考えてもほめているとは思えないなあ。

*1:と一般化するのもあまりに大雜把だけれど。