インタプリタかなくぎ流

“Might come in handy one day.”

エージェントさんが送ってくれた『文藝春秋』の五月号を読んでいたら、伊藤忠商事の社長さんが書かれた中国ビジネスに関する文章があった。そのなかに中国ビジネスを進める上での「戦術的なポイント十カ条」というのが挙げられていて、第八条に「通訳を過信してはいけない」というのが出てくる。

私も含めて日本人には中国語を話せる人がほとんどいません。必然的に通訳を介しての商談となり、通訳を全面的に頼ることになり、そこにリスクが生じる。だから商談には、通訳とは別に中国語が少しでも分かるものを必ず同伴し「彼は中国語が分かるんですよ」と言っておいて通訳に緊張感を与えておくことが重要です。通訳が力量不足などで端折って訳すなどして不信感を覚えたら、まず分かるようにゆっくりと平易な日本語で話す。それでもおかしいと思えば、漢字で書く。こうした努力をしないと、契約で問題が生じたり、相手の誤解を招いて信頼を失うことにもなりかねません。

丹羽宇一郎中国ビジネス成功への十カ条」/『文藝春秋』2004年5月号

へへえ、まことにもって耳の痛い話でございまして、私もゆっくりと平易な日本語で発言内容を繰り返されたりしないよう精進したいと思います……が、ああそうか、と気がついた。ここで想定されているのは交渉相手の側の、中国人通訳者なのだ。
してみると伊藤忠商事は中国とのビジネスをする際に自前の通訳者を連れていかないのだろうか。まさかそんなことはないと思うが、「契約で問題が生じ」るような重要な会議にも連れていかないのかな、と疑問がふくらむ。
本当は当事者同士が直接話をできるのが最も理想的な状態なわけで、確かに通訳を介するのは「リスク」になるのかもしれない。だが、事前に充分に情報や戦略が与えられた優秀な通訳者であれば、決して日本側の利益を損なうようなまずい仕事はしないと信じたい *1
だがそれよりなにより、自前の通訳者を連れていかないで、相手側の通訳者だけに頼り、それで「うまく訳さなかった」というのはちょっと筋違いではないだろうか。相手側は意図的に訳出を操作させているのかもしれないのだ。
また「中国語が分かるんですよ」とチェッカーを置くのはいいと思うが、本当の意味でのチェッカーならば、「分かる」程度ではなく、通訳ができる程度の人でなければ意味がない。「分かる」程度の人は、分かる範囲しか分からないから(笑)、分からないところは端折ってもチェックできないし(それは利益を失うことにつながるかもしれない)、さほど重要ではないところで「ここをこう訳さなかった」といちいち文句を言って、会議の進行や通訳者の作業効率を著しくダウンさせたりしがちだ。

*1:もちろん交渉そのものの進め方がまずかった場合は除く。