インタプリタかなくぎ流

“Might come in handy one day.”

日本側と台湾側が侮辱うんぬんで衝突し、いささか過熱気味だった昨日の会議。通訳者の責任かもしれないと一人で反省会をする。
思い返してみるに、双方の血管が「ぷちっ」と音を立てたきっかけは、日本側の「重箱の隅つつき」と、台湾側の“口是心非”という発言だった。
「重箱の隅つつき」はふつう“吹毛求疵”。昨日もそう訳した。こういう日本語と北京語双方で対応する言葉のある成語は非常に助かる。だが簡潔な表現だけに、その分言葉の持つインパクトが強い。イメージが濃いと言ってもいい。時として必要以上に意味が強調されてしまうことがあるのではないかと思う。
台湾側はこの発言をとらえて「さっき“吹毛求疵”と言ったじゃないか」と日本側を非難していた。しかし“吹毛求疵”自体は私の口から出た北京語なのだ。間違ってはいないけれど、こういうのはなんとなく気が重い。
“口是心非”は「口で是と言い、心で非と言う」、つまり言うことと思っていることが裏腹だということ。この発言全体は“ [イ尓]這種口是心非,我們無法接収!”とかなり失礼な言い方だった。これを私はその前の文脈も含めて「我々に勧める方法と日本でやっている方法が違う。到底受け入れられない」と訳した。この時は“口是心非”にぴったり合う日本語がとっさに浮かばなかった。でもこれを「口と心が裏腹」などと素っ気なく訳したら、さらなる修羅場を見たと思う。
これまでに、会議が紛糾した原因を「通訳のせい」にされたことはない。多少は信用されているのだろう。でもいつかその信用が崩れたらどうしよう、などと愚にもつかないことを考える。とくに昨日のような紛糾した会議のあとはなおさら。